話題になったニュースから試用期間・インターンの意味を理解する

執筆: 『人事労務の基礎知識』編集部 |

毎回、労務に関する最新のニュース、気になる法改正などを取り上げて、社会保険労務士の寺島さんに話をお聞きするコーナーです。今回は、試用期間中の社員が、会社に対してお金を支払うことを募集要項に記載していて、話題となったニュースを取り上げます。

寺島戦略社会保険労務士事務所 
代表 / 社会保険労務士 寺島 有紀

一橋大学商学部を卒業、新卒で楽天株式会社に入社後、社内規程策定、国内・海外子会社等へのローカライズ・適用などの内部統制業務や社内コンプライアンス教育等に従事。在職中に社会保険労務士国家試験に合格後、社会保険労務士事務所に勤務し、ベンチャー・中小企業から一部上場企業まで国内労働法改正対応や海外進出企業の労務アドバイザリー等に従事。

 

株式会社BEC
代表取締役 高谷 元悠

2013年に有限責任あずさ監査法人に入社。IPO支援、内部統制構築支援、M&A、上場企業の監査を担当。2014年に株式会社BECを創業し、代表取締役に就任。クラウド人事労務管理サービス「Gozal」を開発。

 

労働者が会社に対価を払う募集のニュースについて

高谷
以前に話題となったニュースで「試用期間中は、あなたが払いたいと思ったお金を会社に払ってください」という募集を出している事例を取り上げたものがありました。

世間的にとても話題になりました。寺島さんはご覧になられましたか?

寺島
はい、見ました!ニュースなどで解説を読むと、話題となった企業がやりたかったことも、気持ち自体は理解できます。

会社で働くことが金銭的な価値に代え難く、金銭的な支払いをしてでもやる価値があるものである。働いてもらいつつ、お金も払ってもらうぐらいのことを提供できるということを伝えたかったのかなと思います。

話題となった会社の募集を拝見したのですが、業務内容が編集アシスタントなど、いわゆる労働であることが明確なものでした。そして労働をさせる以上は、それがどんなに簡単な業務であったとしても対価を払わないというのは現行の労働法の枠組みでは難しいです。

更に、その試用期間中に、むしろ労働者の方から会社にお金を払ってください、というのは、さらに難しいです。あまり現実的ではないと思いますし、労働者保護の考え方とも逆光する考え方ですので、批判が集まってしまったのかなと思います。

労働者に該当するかどうか、どのように判断するのか

高谷
気持ちは分からなくもないけれども、現行法上では実現できないということですかね。

ここで論点となることとしては、「何を持って労働者と言えるのか」ということですかね。

寺島
おっしゃる通りです。労働基準法は、もともと工場法という工場の労働者のための法で、

「弱い立場の人の労働条件などを確保する」という目的であります。

賃金は生活の源であり、生活のために重要なものとして法律上で確保されておりまして、厳格にその支払義務が定義されています。

具体的には賃金について細かく五原則があります。賃金を直接払う、月に1回以上払うとかそういったルールなのですが、結局その賃金とは「労働者」に対して支払うものであり、労働者に該当するのであれば働いた分だけ賃金を支払う義務が生じるという関係になります。

つまり労働者性、その人が法律上の労働者なのかという部分がポイントになってくると思います。

高谷
ありがとうございます。労働者の判断基準はどのように考えるべきでしょうか。

寺島
判断基準はいくつかあります。

例えばある人が会社から仕事について指示を受けた時に「それは出来ません」というような拒否ができるなど、指示に対してやります、やりませんといった判断が許されているのかどうかが重要です。

また「こういう方針で、いつまでに、このような方法で仕事を進めてください」という形で遂行方法、業務の指示を細かく受ける事実があれば、労働者とみなされる要素が強くなります。

通常予定されている業務以外の突発的な業務が課されるのかどうかという要素もあります。

例えばそれは「今まで伝えてなかったけど、こういう仕事もやってね。」っていうのがあれば、それは指揮命令をうけていると考えられます。

「9時から17時まではオフィスにいて仕事をしてください」というように、時間・場所などを、拘束されるのであれば、労働者とみなされる可能性も高くなります。

あとは自分が指示を受けた業務を、自分以外の人に任せることができることも重要な要素です。例えば、個人事業主だったら、自分が受けた仕事を自由に他の方に再依頼するとか自分以外の人にもやってもらうことが出来るなど、そのような代替性が判断基準となります。

 

試用期間の給与に関する考え方

高谷
すごい分かりやすいです。そういった要素を、総合的に考慮して判断するということですね。それでは、今回のニュースとなったケースでは、判断基準に照らしてどういう考え方となりますか。

寺島
労働条件の募集を見ると業務内容が、犬の散歩をやってもらう・アシスタントの業務をやってもらうなど、細かくやることが決められていました。内容としても、おそらく業務の遂行方法など決められている要素が強いと思うので、募集から考えると、労働者性が実際強いように見受けられました。

だからやっぱり試用期間であろうとなかろうと、関係なく、労働者として判断できるために労働に対して賃金を払う義務が発生すると思います。

高谷
今、キーワードとして「試用期間」というものが出たのですが、試用期間っていうのは特に「労働者じゃないよ」って言い張れる条件ではないってことですよね。

寺島
はい、それは全く関係ないですね。試用期間の捉え方について、勘違いされてる会社もあります。

試用期間であっても、その人が労働者であるってことに変わりがないのであれば、賃金を払わなくていいということにはなりません。よくあるパターンとしては、試用期間中だけ業務内容に応じて賃金を若干安くするなどは問題ありませんが、その際でも最低賃金以上は必要なので、無償で働いてもらうことはできません

 

インターンの給与に関する考え方

高谷
試用期間と同じくよく使われる表現として、「インターン」があると思います。「インターンってそもそも無給でいいんですか?」という話はよく聞かれると思うのですが、インターンの場合の考え方はどうでしょうか?

寺島
インターンには大きく2パターンあります。いわゆる業務の体験、職場の体験という意味合いであるとか、会社の様子を見てみたいという方に対して、グループワークを一緒にやるとか、研修の色が濃かったりするようなインターンが、まず一つあると思っています。

これは業務性が強くないので、給にすることも認められる可能性もあります

高谷
多くの企業でやっているパターンですね。

寺島
もう一つあるのが、実際に働いてもらったり、普通のアルバイトの方とかがやるような業務を行うことをインターンと呼ぶものです。業務性が強いものに関しては、労働者としてみなされるので、インターンという名目であっても、実態を見て労働者とみないといけないと思います。

高谷
労働者性の判断基準に照らして、労働者としてみなされるのであれば、無給は難しいということですね。

寺島
難しいですね。

もし無給にしたいのであれば、グループワークなどいわゆる職業体験をしてもらう形式にする必要があります。

 

会社で働く価値を高めることは重要

高谷
ありがとうございます。このニュース、形式的には労働基準法に関連する問題点があると思うのですが、本質的なところで何か思うことなどありますか?

寺島
この会社の経営者の方は、自分の会社で働くことに、大きな価値があるという自信を持っていらっしゃったんだと思います。

話が少しそれるのですが、このニュースを見てアメリカのインターン制度を連想しました。アメリカは日本のように新卒採用を行っていないので採用を行う場合には、経験がない人を雇うことがあまりありません。

だから求職者は、経験を得ることが大事になっているので、優れた企業でのインターンの経験を重ねることを重要視するケースがあります。

例えば世界を代表するGoogleやMicrosoftのエンジニアを目指しているというような方に関しては、採用されるために、お金を払ってでもインターンに参加したいなっていうような人はいるように私は思っています。実際には払ってないと思うのですが。

それはその会社が持つ価値、ここで働くっていうことの価値が見出されている場合は、お金出して働けるのであれば、払うよっていう従業員の方って少なくないと思っています。

モチベーションの高い人を採用したいっていう場合には、自分達が提供できる価値を強く打ち出したりとか、実際にそのような価値を提供できるように、会社自身も工夫していくことは大切だなと感じました。

もし仮にこの会社が、お金を実際とりたいっていうのが主目的であれば、労働契約っていう枠組みは難しいので、やり方を変える必要があります。

農業とかでもグリーンツーリズムなどの考え方があります。お金を払って、大変な農業を体験し、おいしいフレッシュな野菜を食べて、非日常、都会では味わえない経験をするというものです。

つまり、例えば編集の会社であれば、売れっ子の漫画家さんとかに、編集アシスタント経験ができるっていう 「体験商品」というか研修サービスを提供する形にする方法もあると思います。

高谷
会社で働く魅力を高めるっていうのは大事ですけれども、一方で、お金を払ってもらうっていうのはさすがに難しい。

だから本当に代金をもらうのであれば、そういう研修サービスだったりツアーサービスだったりっていう、本当にもう商品として提供していくしかないっていうところですね。