北欧スウェーデンの、6時間労働制とワークライフバランス

執筆: 田中靖子(たなかやすこ) |

スウェーデンの通勤

働き方改革の目玉となる「長時間労働の是正」

いよいよプレミアムフライデーが始まり、安倍内閣による働き方改革が本格的に動き始めました。働き方改革とは、「社会の変化に柔軟に対応するため、企業が従業員の働き方を変えていくこと」です。労働環境を改善し、社員のワークライフバランス(仕事と家庭の両立)を実現させることを目的としています。

この「働き方改革」の目玉は「長時間労働の是正」です。残業時間を削減することで、家族や友人と過ごす時間を確保し、プライベートを充実させることを目的としています。政府は残業時間を削減するために、海外の事例を参考にして審議を進めています。厚生労働省の審議では、短時間労働のモデルケースとしてスウェーデンが注目を集めました。

北欧スウェーデンはワークライフバランスが高いことで知られていますが、実際にスウェーデンでは短時間労働が定着しているのでしょうか?スウェーデン人はどのような勤務スタイルで働いているのでしょうか?

今回の記事では、スウェーデンの一般的なワークスタイルを紹介し、現在スウェーデンで広がりつつある6時間勤務の制度についても解説します。

残業をしないスウェーデン人、近年は6時間勤務制の導入も

スウェーデンでは古くから労働時間が短く、残業をするという文化がありません。一般的な勤務スタイルは、朝9時に出社して午後5時に退社するという8時間勤務です。仕事が早く終われば、周囲の目を気にすることなく午後4時に退社します。そのため、ストックホルムの帰宅ラッシュは午後4時ごろに始まります。

スウェーデン人の1週間当たりの平均労働時間は36時間です。つまり、1日当たり7.2時間しか働いていないということになります。職場での飲み会という文化も無いため、仕事が終わればまっすぐ自宅に帰ります。

さらに最近では、6時間勤務制を導入する企業が増えており、ますます労働時間を短縮する方向に動いています。

スウェーデンで広がりつつある6時間労働とは、どのような制度なのでしょうか?どうしてスウェーデン人は短い労働時間で経済を回すことができるのでしょうか?

6時間勤務が広がったきっかけは日本の企業

「6時間勤務制(six-hour workday)」とは、1日の労働時間を6時間とする勤務体制です。一般的には、午前9時から午後3時までのシフト制としています。「週30時間労働(30-hour week)」とも呼ばれます。働く時間は短いものの、お給料は8時間労働と同じ水準で支払われます。

スウェーデンで初めて6時間勤務を導入した会社は、意外にも日本の企業です。スウェーデンのヨーテボリ市にあるトヨタのサービスセンターでは、2002年に6時間勤務制を導入しました。

それ以前においては、同センターでは従業員のストレスが大きいことが問題となっていました。従業員のストレスが大きいため、作業効率が悪く、毎日数多くのクレームが寄せられていました。

しかし、6時間勤務制を導入したことで、従業員の健康が改善し、業務効率が向上しました。顧客からのクレームは大幅に減少し、会社の業績は停滞するどころか、向上しました。利益率は25%も上昇したというデータが発表されています。従業員は通勤ラッシュに悩まされることが無くなり、プライベートの時間を確保できるようになったため、ワークライフバランスも改善されました。

最大の効果は、「従業員の離職率が減少したこと」です。

サービスセンターで働く従業員は技術者であるため、従業員が1人でも辞めると、次の技術者を育てるまでに長い時間がかかります。新しい従業員のトレーニングのコストもかかります。

6時間勤務制を導入した後は、従業員が職場に大きな魅力を感じているため、転職を考える機会が少なくなりました。結果として離職率が大幅に低下し、同センターは人手不足に悩まされることがなくなりました。

ヨーテボリ市での6時間労働性のメリット(とデメリット)検証

トヨタの成功をモデルとして、スウェーデンでは6時間勤務制を取り入れる企業が増えつつあります。

スウェーデン第2の都市ヨーテボリ市では、6時間労働の是非について大規模な実験を行いました。ある老人ホームで6時間勤務のシフトを導入し、長期的にその効果を調査するという実験です。

この大規模な実験により、6時間勤務制の様々なメリットが報告されました。まず、従業員の健康状態が改善され、病欠の回数が大幅に減りました。欠勤の回数が減ったことで、人手不足が解消し、プロジェクトがスケジュール通りに進むようになりました。

また、入居者への介護の質が向上したというデータも出ています。仕事へのストレスが減少し、従業員のワークライフバランスが向上したため、結果としてこの老人ホームでも離職率が減少しました。

ただしデメリットして、「6時間勤務制を維持するためのコストが高すぎる」という点が指摘されています。6時間勤務制を維持するためには、短縮した2時間分の労働をカバーするために、追加で従業員を増やさなければいけません。

ヨーテボリ市の実験では、6時間勤務制を導入する際に追加で14人の従業員を雇いました。新しい従業員を雇うためのコストには、多額の税金が投入されました。このまま6時間勤務制を維持するとなると、さらなる税金を費やさなければいけません。

この実験は、「6時間勤務制にはどのようなメリットがあるのか」ということを調査することが目的でした。既に、6時間勤務制に多くのメリットがあることは明らかになっています。そのため、「これ以上税金を投入して実験を進める必要が無い」という市民の声が高まるようになり、この実験は2017年に終了することが決定しました。

民間企業での6時間勤務の取り組みは?

スウェーデンの帰宅

ヨーテボリ市での実験には税金が投入されていたため、費用がかかりすぎるという点が批判の対象となりました。それでは、一般の企業のケースではどうでしょうか?6時間勤務制を導入した企業はビジネス的には成功しているのでしょうか?

スウェーデンでは、IT系企業を中心として6時間勤務を導入する会社が増えています。IT系企業では元々ワークスタイルに自由度が高く、6時間勤務を導入しやすい労働環境が整っているからです。

下記では、6時間勤務制を導入した企業のケースを見てみましょう。

(1)アプリ開発会社フィルムンダス社

スウェーデンの首都ストックホルムに所在するアプリ開発会社のフィルムンダス社では、2014年に6時間勤務制を導入しました。フィルムンダス社では、6時間勤務制を導入する際に、2つのルールを定めました。

1つ目は、「勤務時間中にフェイスブックやツイッター等のソーシャルメディアを閲覧しないこと」というルールです。

フィルムンダス社の経営者であるライナス・フェルト氏は、「8時間勤務の場合、どうしても気晴らしの時間が必要になる。フェイスブックをのぞいてしまうのも仕方がない。しかし、6時間勤務であれば、集中力を維持することができる。SNSは必要ない。だらだらとネットサーフィンをする時間を削減すれば、大幅に労働時間を短縮できる」と述べています。

2つ目は、「会議を最小限にする」というルールです。

会議には様々なデメリットがあります。会議に参加するためには、自分が進めている仕事を一時的に中断しなければいけません。そのため、作業が断続的になるというデメリットが生じます。また、会議の場には、議題に関係の無い人が参加している場合も多いため、その人の労働時間が無駄になっています。さらに、会議を開催するためには、日時や場所を設定しなければいけません。そのためスケジュールを調整する人が必要となり、その人の労働時間も無駄になってしまいます。

フィルムンダス社は、これらのデメリットに着目し、無駄な会議を徹底的に削減しました。会議が最小限となったことで、労働時間を大幅に短縮することができ、6時間勤務制を導入することが可能となりました。

2012年にNTTデータが行った調査によると、日本企業では業務時間の15%が会議に費やされています。「会議の時間が長い」と感じている従業員は44%であり、「無駄な会議が多い」と感じている従業員は45%にも上ります。

日本の企業においても、まだまだ労働時間を短縮する可能性が十分に残ってます。

(2)IT会社ブロス社

スウェーデンに本社を構えるIT会社ブロス社では、2012年に6時間勤務制を導入しました。従業員は20人で、全員に6時間勤務制が適用されています。ブロス社のCEOであるバリア・ブロス氏は、「6時間勤務制は企業にとっても大きなメリットがあるため、今後も維持する予定である」という声明文を発表しています。

ブロス社が指摘する6時間勤務制のメリットは、2つあります。

第1に、6時間勤務制の導入後に会社の利益率が大幅に向上したことです。

同業他社と比較しても、ブロス社の利益率は平均を上回っています。同業他社が8時間勤務であることを考えると、ブロス社が短い労働時間で高い生産性を誇っていることが分かります。

つまり、ブロス社の成功は、従業員の労働時間と会社の利益が必ずしも比例しないことを示しています。6時間勤務制であっても、業務効率を上げることができれば、ライバル会社と同水準の競争力を維持することができるのです。

第2に、従業員が家族や友人とゆったりとした時間を過ごすことができるため、心身ともに従業員の健康を保つことができるという点です。

従業員が心身ともに健康であることは、ビジネス上もプラスに働きます。病欠の回数が減るため、仕事が突発的に停滞することがなくなり、プロジェクトを予定通りに進めることができます。また、職場環境への満足度が高いため、社内の風通しが良くなります。仕事への充実度が高いことは、離職率の低下につながり、企業が長期的な視野を持って従業員をトレーニングすることができます。

従業員のワークライフバランスを大切にすることは、長期的に見れば企業にとってもプラスに働くということを示しています。

労働時間を短くして大丈夫なのか?スウェーデンの経済が停滞することはないのか?

以上のとおり、スウェーデンではIT系企業を中心として6時間勤務制を導入する会社が増えつつあります。

日本人としては、労働時間を削減するとなると、経済が悪化するのではないかという点が心配となります。労働時間を短くする方向に動いても、スウェーデンの経済が停滞することはないのでしょうか?

スウェーデン人には、元々残業をするという選択肢がありません。勤務時間内に仕事を終わらせるために、短い時間に集中して仕事をします。集中力が高いため、業務効率が優れており、労働時間が短縮されたからといって必ずしも業績の悪化につながるわけではありません。

スウェーデンの業務効率が優れていることは、国全体の高い経済成長率に現れています。ヨーロッパでは2010年に欧州債務危機が発生し、スウェーデンも同時期に世界経済の混乱の影響を受けました。しかし、この混乱の中で国全体で経済の立て直しを図り、2015年には経済成長率4.1%という高い数値を達成しました。2016年の1人当たりの国内総所得は世界12位であり、世界でもトップクラスの競争力を誇っています。

スウェーデンの経済データを参考にすると、労働時間が短いことが必ずしも国の経済に悪影響を与えるわけではないということが分かります。

今後スウェーデンでは6時間勤務が定番となるのか?

それでは、今後スウェーデンでは6時間勤務が定番となるのでしょうか?

現在6時間勤務制が広がりつつあるスウェーデンですが、導入している会社はまだ少数派です。既に6時間勤務制を導入している企業は、勤務スタイルに自由度が高いIT系会社や、20人以下の小規模の会社に限られています。多くの会社では、未だに8時間勤務制が維持されています。

スウェーデンの6時間勤務制の取り組みはまだ始まったばかりであり、メリットがデメリットを上回るのかどうかについては、専門家の間でも意見が別れています。

どの企業においても、「従業員の健康が改善し、ワークライフバランスが向上する」という点は一致しています。ただし、この「ワークライフバランス」を数値で評価することは困難です。算出方法によっても数値は異なります。そのため、6時間勤務制のメリットがデメリットを上回るのかどうかについては、専門家の間でも意見が別れています。

6時間労働の最大のデメリットは、「従業員を増やすためのコストがかかる」という点です。しかし、従業員を増やすためのコストがかかっても、離職率が下がれば中途採用のコストを削減できるため、長期的にはプラスの方が多いのではないかと指摘されています。この点については、さらに長期的な調査を行わなければ結論が出せません。スウェーデンの6時間勤務の取り組みはまだ歴史が浅いため、20年単位の長期的な視点を持って分析を行うためにはもう少し時間がかかります。

一つ言えることは、今後6時間勤務を導入する会社が増えるどうかは、その会社の経営者が「社員のワークライフバランスをどこまで重視するか」によって決まります。先ほど例に挙げたブロス社やフィルムンダス社は、従業員のワークライフバランスを最重要と考えているため、6時間勤務制を今後も維持する見通しです。

他方、「ワークライフバランスという数値で評価できないものよりも、勤務時間やコストという具体的な数値を優先するべきだ」と考える経営者が多いのであれば、これ以上6時間勤務制が広がることはないでしょう。

将来的には日本でも6時間勤務制が広まるのか?

現在日本でも、長時間労働を是正する動きが始まっています。安倍政府が進める働き方改革では、労働基準法に残業時間の上限を定めることを目指しています。

現在の労働基準法では、労使間で協定を結んでいる場合、経営者の裁量で無制限に残業をさせることができます。そこで政府は、法律で上限を定めて残業の蔓延に歯止めをかける方針です。

しかし、法律で残業時間の上限を定めることには、経団連が強い反発を示しています。そのため、法改正の審議は難航しています。2017年3月時点においては、繁忙期の残業時間の上限は「月100時間未満」とすることで最終調整に入る見通しです。この方向性でまとまるのであれば、政府は1日4〜5時間の残業を許容することになります。6時間勤務制どころか、8時間勤務制を維持すること自体も危機的状況です。

月100時間の残業は、「過労死ライン」と呼ばれる非常に危険な労働環境です。労働基準監督署では、月100時間を超える残業がある場合は過労死との関連性が強いと判断しており、これを「過労死ライン」と呼んでいます。

政府が法改正によって月100時間の残業を認めるということは、過労死ラインにお墨付きを与えることになってしまいます。日本では、6時間勤務制の導入以前に、8時間勤務制の維持すらすら危うい状況です。長時間労働の是正に歯止めをかけるためには、安倍政府の審議がどのように進んでいくのか、国民全体で今後の審議の行方に目を光らせておかなければいけません。

最後に

スウェーデンでは古くから短時間労働が定着していますが、最近では6時間勤務制を導入する企業が増えており、ますます業務の効率化が進んでいます。

6時間労働の最大のメリットは、「従業員のプライベートの時間が確保されて、ワークライフバランスが向上する」という点です。生産率が向上し、離職率が下がるという効果もあります。

一方で、デメリットとして「従業員を増やすためのコストがかかる」という点が指摘されています。

デメリットがメリットを上回るかについては、専門家の間でも意見が別れています。今後6時間勤務制が世界的に広まるのかどうかについては、その会社の経営者が「社員のワークライフバランスをどこまで重視するか」にかかっています。