キリンの「働き方改革」とは?
執筆: 『人事労務の基礎知識』編集部 | |
緑茶やコーヒーといったソフトドリンクから、ビール等のアルコールまで。その商品で、私たちの生活を豊かに彩ってくれるKIRINグループ。同グループが進める「働き方改革」について、キリン株式会社 人事総務部 主務・森澤文貴氏と、同・竹内美耶氏に話を伺いました。
「働き方改革」について、御社のスタンスを教えてください。
これまで「働き方改革」というと、残業の削減に注目が集まっていましたが、当社では「新しい価値の創造に向けて、高い目標や新しいことへのチャレンジが日常化している、チャレンジからの学びを次のチャレンジに活かすサイクルがまわっている状態」にすることを「働き方改革」だと定義しています。
そういったチャレンジする時間や、機会の創出に向けて、各個人に任せるだけでなく、会社、また、人事部門としても働く環境の整備についても取り組みを進めており、中でもまずは働く「場所」と「時間」の自由度を高めるような取り組みを行っています。
また、人事制度による改革だけでなく、従業員各個人や各組織が主体的に取り組んでいくことが必要であると考えていますので、働き方改革を率先して実行するモデル部門を選定し、各種制度や施策のトライアル実施するなど、小さな単位からとにかく始めてみるというような推進も同時に行っています。
■具体的には、どのように改革を進めたのですか?
「働く場所を自由にする」という観点からは、ITの環境づくりが改革のきっかけになっています。実は「働き方改革」というキーワードが流行する前から、情報部門には「ワーキングスタイル変革」という方針と実行組織がありました。
その取組みの一つとして、会社支給のパソコン本体ではなく、自分用のデスクトップ環境をクラウド上に作成し、そこにデータを保管する「仮想デスクトップ環境」を導入しました。これにより、社内の情報にいろいろな場所から安全にアクセスできるようなり、働く場所の自由度は格段に向上しました。
我々は酒類を扱っていますので、飲食業界のお得意先様へ営業に行く際、飲酒を伴う場合もあります。飲酒をする際には、パソコン含めた重要な情報資産は持ち出せないルールであったため、営業スタッフにとっては負担が大きい状況でした。仮想デスクトップの仕組みを導入したことで、手元のパソコンにデータが保管されませんので、営業スタッフの負担は軽減されました。
またスマホに関しても、会社貸与する従業員を増やし、便利なアプリを活用し、決裁や連絡といったコミュニケーションから、場所の制約を軽減させています。
私物パソコンで仮想デスクトップ接続というのは、大企業では珍しい印象があります。シンクライアントは多いと思うのですが。私物を対象にしようと考えられた理由を教えてください。
あとでご紹介しますが、在宅勤務制度も導入していますので、パソコンをそのたびに持ち帰るというのも負担ですし、予期せぬ緊急時にも自宅のパソコンからログインできる利便性も考えて、個別の申請制により認めることにしました。
仮想デスクトップを使えば、自宅のパソコンにはデータが残りませんし、操作ログもきちんと残せますから、セキュリティの観点からも極めてリスクの小さい仕組みだと考えています。
【編集部注】:AWS 導入事例:キリン株式会社『仮想デスクトップディザスタリカバリ環境を、通常時に月額 1 万円のランニングコストで実現できたのは AWS クラウドならではだと思います。』
働く場所の自由度を高めようというのは、働き方改革ブームがくる前から、課題としてとらえていましたか?営業の方以外のニーズも把握されていましたか?
はい、場所についてもそうですし、時間についても自由度を高める重要性は感じていました。
私たちは、お客様の生活によりそった商品やサービスをご提供する必要があります。いつも同じ場所で仕事をしているよりも、働く場所・時間を、幅広く生活者視点の中に入れてみることが必要です。これは冒頭に申しました「新たな価値創造に向けて」とも関連していることが、ご理解いただけるかと思います。
そういったITの仕組みを、制度面ではどのようにサポートしていますか?
このようなIT環境の整備とあわせ、人事制度面での拡充を進めてきました。
まずは、在宅勤務制度です。試行を進めながら、2013年に対象部門を絞った形で導入を開始し、2017年4月より、対象部門の拡大や、自宅だけでなくすべての場所で勤務可能な「在宅勤務制度」として制度拡充しました。現在、月8回まで利用することが可能です。この時点で、IT環境と人事制度の双方が結びつき、一気に働き方の柔軟性を高めることにつながりました。
在宅勤務をされている従業員は多いですか?
在宅勤務制度は、全事業所を対象にしています。現在までの実績では、対象者の約3割が1度は利用しています。昨年、2017年4月に制度を拡充させた効果で、改定後の月間利用者は前年同月比で3.6倍までにUPしました。
当社の在宅勤務制度は、1時間単位でも利用できます。例えば出張から帰ってきた当日は、空港や駅から自宅に戻って仕事をするという場合にも、在宅勤務制度を利用できます。こうした利便性への理解が広まったことで、全体の利用率が上がったと捉えています。
また、(2018年)1月末には大雪が降りましたが、その時私は早めに自宅に帰って、在宅勤務をしていました。「時間単位の在宅勤務は便利だな」とその時も感じました。
もちろん、育児をしている従業員も多く利用しています。お子さんの送り迎えがある際に、普通なら短時間勤務で働かなければならないのですが、家事や育児を終えた後に在宅勤務で仕事ができるようになると、時短勤務ではなくフルタイムで働くという選択肢もでてきます。こういった選択肢が増えることが、柔軟な働き方を支える上で重要だと感じています。
在宅勤務を利用する場合、どのように申請すれば良いのでしょうか?
都度の利用申請で問題ありません。以前は、資格利用申請を半年や1年毎に提出する必要がありましたが、現在は資格申請が不要です。在宅勤務をする際には、基本的には前日までに所属部門のリーダーに申請するだけで問題ありません。
在宅勤務が、1時間から利用できるのは便利ですね!
はい。実際に利用していても、非常に使いやすいなと感じます。これまでだと、半日か1日すべてを在宅勤務にする必要がありましたので、それに比べると自由度が大幅に広がっています。先程例に出したように、出張からお昼過ぎに帰ってきた際や、15時頃に一旦退社し夜に在宅で仕事をする必要ができた際にも、時間単位の在宅勤務制度を活用すれば、事業所に戻る時間を削減でき、有意義な一日を過ごすことができます。
働く「時間」を自由にする取り組みについて、もう少し教えてください。
コアタイム無しのフレックスタイム制や、企画業務型裁量労働制を導入しています。
フレックスタイム制については、以前から導入しておりましたが、2017年4月に制度変更しています。全事業所を対象に、コアタイムを廃止しました。これまで11時から14時ですとか昼間の時間に、事業所によって個々にコアタイムが設定されていたのですが、これを廃止しました。
あと、たとえば短時間勤務制度を利用している従業員でも、フレックス勤務ができるという設計にしています。これまで短時間勤務というと、所定労働時間が9時〜15時といったように固定していたのですが、現在はフレックスを活用できるようにしています。
企画業務型裁量労働制の対象者はどの程度いらっしゃいますか?
本社部門のみで、企画部門やマーケティング部門、法務部門、人事総務部門、生産部門、技術部門、品質保証部門など、法定で対象業務となる部門・対象者に適用しています。対象者のおよそ4分の1程度の方が、実際に制度を利用しています。
働く「時間」に関して、ユニークな取り組があると伺いました。詳しく教えてください。
はい「なりキリンママ・パパトライアル」ですね。笑
これは、「営業で女性がさらに活躍するための提言」に向けた、異業種合同プロジェクトに参加し、大賞を受賞した当社のチームの企画で、それをもとにスタートしたプログラムです。
概要を説明すると、お子さんのいない営業職の女性が、これから自分たちに子供ができたと仮定した場合に、育児と両立しながら営業職を続けることができるのだろうか?という漠然とした不安を、育児中女性の仕事・生活を実際に自分がシミュレーションしていく中で確認してみようという体験型プログラムとなっています。
実際に営業を続けている育児中の女性従業員が、大変効率的に働いているという点に着目し、どういう働き方をしているかというところをヒアリングした上で、自分たちでルールを10個くらい決めまして、その通りに「実際に子供はいないのだけれど、いるという想定で」働いてみるという内容です。
たとえば、定時出社、定時退社、また保育園から緊急の連絡が入って帰らなければいけないといったようなシチュエーションが、プログラム期間内に発生して、それに対処しなければなりません。
面白い取組ですね。どのような従業員が、このプログラムに参加するのですか?
はい。最初は、異業種合同プロジェクトに参加した若手の女性社員のみが実際にプログラムを実行しましたが、「これは若手女性だけでなく、性別・世代等関係なく、色々な人が実行してみれば、部内のマネージメント含めて学びが多そうだ」ということで、社内研修プログラムのような形で拡大していこうと考えています。
まずはトライアルとして、いくつかの部門から1人ずつ出してやってみて、徐々に広範囲に展開していきたいと考えています。
さっそく、営業部門も含めて2018年2月からトライアルを始めています。「チームの中で誰かがこのプログラムにチャレンジ中である」と、そういう状況を作ってみようと考えています。
このような制度は、いかに「やらされている感」を排除するかが重要ですよね?
はい。まずはトライアルで、例えばリーダーがやってみて、その成果をチームの生産性を考える契機にしたりですとか、そういう風に進めていければと思います。リーダーを中心に、プログラムの目的や意図の理解を浸透させることが重要だと考えていますので、時間をかけて実行していくつもりです。
他に何か、働く「時間」に関するトピックがあれば教えてください。
「会議」についての改革を進めています。社内外含め、会議の回数は多く、費やす時間が膨大です。不要な会議を減らし、一箇所に集合する必要がない場合はWeb会議に切り替える。そうしたことを推奨しています。
最初に、会社全体で多くの時間が会議に費やされている現状を共有する必要があると考え、社内イントラネットに専用のポータルサイトを作成し、部門ごとの会議時間を公開しました(本社部門)。こうした中で自分たちを客観化し、無駄な会議を減らすきっかけになってくれればと考えました。
また、働き方改革を率先して実行するモデル部門として選定した部署では、自分たちが行った会議をすべて棚卸して、誰がどんな会議に参加し、どのぐらいの時間をかけているのかといったところを全て抽出して、会議の量と質を変えたという事例も出てきました。これも専用ポータルサイトで紹介しています。
無駄な会議の削減について、今年はよりいっそう切り込んでいきたいと考えています。
お話に登場した「専用ポータルサイト」について教えてください。
クイックスタートで小回りが利くように、完全に内部で制作・更新する仕様にしました。他社さんのように見栄えは良くないのですが。部門別の会議時間や労働時間を開示したり、良い取り組みをしている部門を紹介したり、トップのメッセージを発信したり。働き方改革や組織風土変革の取り組みの内容は、このサイトにすべての情報が掲載されているという姿を目指しています。
すごく「手作り感」があり、好感を持ちます。
更新作業を自分たちでできるので、発信したい情報を、発信したいタイミングで公開できるのです。外部に委託すれば、見栄えの良いサイトができるのですが、その反面、更新に時間もかかりますし、コミュニケーションコストもかかりますから。
この専用ポータルサイトを立ち上げるまでは、労働時間を部門別に全社に開示するというようなこともなかったのですが、情報を見える化したことで他場所との比較が行えるようになるといった、相互に見守る意識が芽生えたことは、本当に良かったなと思っています。
最後に、これまで「働き方改革」を進めてきて感じている事を教えてください。
柔軟な働き方を選択できるといった制度は、これまでも無かったわけではありません。
でも、制度だけあってなかなか実際には運用できていなかった。その部分を乗り切るのが、いまやるべき本道だなと感じています。
その意味では、2017年4月までに、仕組みも制度もブラッシュアップし、これまで人事部門が発信することの多かった分野の話を、2017年の事業計画の中に、「労働時間が重要ではなく、働き方や仕事を見直すことが重要だ」というメッセージが入ったことは、大きな転換点になりました。
ITシステムと人事の仕組みが変わるから、それをしっかり使って、場所も時間も、働き方を見直していこうと。そういうメッセージを出して、一部のモデル部門が試験導入し、良い点/悪い点の知見を出していき、それをもとに制度をブラッシュアップして、次につなげていくということを去年からやり続けています。
これをさらに継続して、場所や時間にとらわれない、柔軟な働き方を従業員が選択し、様々な新しいチャレンジが増えていけばと考えています。
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