副業社員を受け入れる際に労務的に注意すべきポイント

執筆: 『人事労務の基礎知識』編集部 |

毎回、労務に関する最新のニュース、気になる法改正などを取り上げて、社会保険労務士の寺島さんに話をお聞きするコーナーです。今回は社会的にもニーズ・関心が高まってきている副業について、副業社員を受け入れる際に注意すべきポイントについてお聞きしました。

寺島戦略社会保険労務士事務所 
代表 / 社会保険労務士 寺島 有紀

一橋大学商学部を卒業、新卒で楽天株式会社に入社後、社内規程策定、国内・海外子会社等へのローカライズ・適用などの内部統制業務や社内コンプライアンス教育等に従事。在職中に社会保険労務士国家試験に合格後、社会保険労務士事務所に勤務し、ベンチャー・中小企業から一部上場企業まで国内労働法改正対応や海外進出企業の労務アドバイザリー等に従事。
■ 寺島戦略社会保険労務士事務所 公式サイト

 

株式会社BEC
代表取締役 高谷 元悠

2013年に有限責任あずさ監査法人に入社。IPO支援、内部統制構築支援、M&A、上場企業の監査を担当。2014年に株式会社BECを創業し、代表取締役に就任。クラウド人事労務管理サービス「Gozal」を開発。

 

副業・兼業に関する政府動向

高谷
周りを見渡すと副業をしている方、副業を受け入れている企業が増えていると感じます。

寺島
現在、国会でも審議がなされている働き方改革法案では、長時間労働是正や多様で柔軟な働き方の実現によって、労働生産性や労働参加率を向上し、誰もが生きがいを持って能力を発揮できるような一億総活躍社会を目指しています。

政府は平成29年3月にこの「働き方改革」をどう実現していくかを示す「働き方改革実行計画」を決定・公表しましたが、この中で「ワーク・ライフ・バランスを確保して、健康に、柔軟に働くこと」や「ライフスタイルやライフステージの変化に合わせて多様な仕事を選択できること」など柔軟な働き方がしやすい環境整備のために、副業・兼業の普及を図っていくことが述べられていました

高谷
政府としても副業・兼業の普及を推進しているのですね!

寺島
厚生労働省では平成29年の10月から有識者で構成される「柔軟な働き方に関する検討会」が開催し、副業・兼業の促進のための議論を重ねてきており、ここでの議論を踏まえこの「副業・兼業の促進に関するガイドライン」が発表されています。

 

副業・兼業の定義

高谷
そもそも副業と兼業って何が違うのでしょうか?

寺島
その質問を頻繁にいただくので言葉の定義を確認したいと思いますが、実は法律上「副業」「兼業」についての定義などはありません。

厚生労働省や中小企業庁等の公的な文書においても特にそれぞれ定義を定めているわけではありませんが、中小企業庁の「兼業 ・副業を通じた創業 ・新事業創出に関する調査事業 研究会提言」の中では、「兼業・副業とは、一般的に、収入を得るために携わる本業以外の仕事を指す」と記載されています。

また、民間大手人材企業が実施している「兼業・副業に対する企業の意識調査」などでも特段兼業と副業を分けるということはなく、概ね「収入を得るために携わる本業以外の仕事」とまとめて定義しているように見受けられます。

個人的な感覚としては、兼業は「一般的な企業の就業時間内に午前はA社、午後はB社のように複数で就労する、もしくは平日のうち月・水・金はA社で、火・木はB社で就労する」もので、副業は「企業が休みの土日を使って趣味の延長の活動でちょっとした利益を得る」のようなイメージを持っている方が多いような印象を受けますが、公的な文書等ではまとめて「収入を得るために本業以外の仕事を行うこと」の意味として兼業・副業と使われています。

 

「副業・兼業の促進に関するガイドライン」のポイント

高谷
それでは、いよいよその中身ですが、どのような内容が説明されているのでしょうか。

寺島
カテゴリに分けて、それぞれ詳しく見ていきましょう。

 

①副業・兼業は原則認めるとすることが適切!

寺島
副業・兼業は、各種判例からも、「労働者が労働時間以外の時間をどのように利用するかは基本的に労働者の自由であり各企業がそれを制限することができるのは労務提供上の支障となる場合や、企業秘密が漏洩する場合、企業の名誉・信用を損なう行為や信頼関係を破壊する行為がある場合、競業により企業の利益を害する場合等一定の場合に限られる」という原則が述べられており、企業が「一律禁止」としている場合には検討が必要であることが記載されています。

高谷
すべての副業を一律禁止するルール自体が適切ではない可能性があるということですね。

寺島
さらに、厚生労働省では「モデル就業規則」という就業規則のひな型を提供しているのですが、そのひな型でも、これまでは副業・兼業は原則禁止としている内容であったものを、下記のように改正して提供しています。

(副業・兼業)
第〇条 労働者は、勤務時間外において、他の会社等の業務に従事することができる。
2 労働者は、前項の業務に従事するにあたっては、事前に会社に所定の届出を行うものとする。
3 第1項の業務に従事することにより、次の各号のいずれかに該当する場合には、会社はこれを禁止又は制限することができる。
①労務提供上の支障がある場合
②企業秘密が漏洩する場合
③会社の名誉や信用を損なう行為や、信頼関係を破壊する行為がある場合
④競業により、企業の利益を害する場合

高谷
モデル就業規則において副業に対応した内容になっていることからも、厚生労働省の副業・兼業に対する本気度が伝わりますね。

 

②副業・兼業を認めるにあたっては届出などによる労使コミュニケーションが重要!

寺島
一方で「副業・兼業時には企業にとっては、必要な就業時間の把握・管理や健康管理への対応、職務専念義務、秘密保持義務、競業避止義務をどう確保するかという懸念への対応が必要」と述べられており、実際に副業・兼業を進めるにあたっては、企業と労働者が十分にコミュニケーションをとることが重要であることが強調されています。

高谷
具体的にはどのようにコミュニケーションを取るべきなのでしょうか。

寺島
ガイドラインでは、「副業・兼業を認める場合、業務への支障や企業秘密の漏洩等がないか、また長時間労働を招くものとなっていないかを確認する観点から、副業・兼業の内容等を労働者に申請・届出させることも考えられる。申請・届出をする場合には、自己申告のほか、副業先との労働条件通知書や契約書、副業・兼業先と契約を締結する前であれば募集に関する書類を活用することが考えられる。」と述べられており、副業・兼業の内容等を労働者に申請・届出させることが望ましいとしています。

また、「副業・兼業を行うにあたっては、副業・兼業による過労によって健康を害したり、業務に支障を来したりすることがないように、労働者が自ら本業及び副業・兼業の業務量や進捗状況、それらに費やす時間や健康状態を管理する必要がある。」と述べ、労働者自身が主体的に自己管理を行うことの重要性も記載されています。

 

③現行の労働法制と留意点

寺島
さらに、ガイドラインでは現行の労働法制や社会保険制度の運用について述べられており、留意点を示しています。この点は企業の実務上非常に重要ですので詳細を解説していきます。

1. 労働時間の通算による割増賃金の発生
寺島
現行の労働基準法では、労働時間は会社が異なっている場合でも通算すると規定されており、労働時間を通算した結果、1日8時間、週40時間の法定労働時間超を超えて労働させる場合には、発生した時間外労働について割増賃金を支払わなければならないとされており、さらに実際に法定労働時間を超えた労務提供先が割増賃金の支払い義務があります。

つまり、自社で雇用している労働者をAさんとすると、Aさんが自社で8時間働いたのち、B社で2時間勤務した場合、B社は、Aさんに2時間しか働かせていないのにも関わらず2時間分の割増賃金の支払いが必要となるのです。

Aさんが先にB社で働いたのちに自社に出勤した場合には自社に割増賃金の支払い義務が生じてしまうことになり、Aさんが副業先でどのようなシフトで何時間勤務しているのかを把握しないと自社でも適切な給与計算ができないことになります。

2. 労災保険について
寺島
労災についても、当該AさんがもしB社で勤務している最中にケガなどをした場合、労災保険の給付はB社で支払われている給与分のみが算定基礎とされるため非常に低額な休業給付となる可能性があります。

自社とB社の給与を合算して補償されるわけではないことに注意が必要です。この点も、もしAさんがB社でケガをした場合に経済的に生活が立ち行かなくなってしまった場合に自社として何らかのサポートをせざるを得なくなるかもしれません。

また、そもそもこの仕組みをAさんが知らない可能性もありますので自社として副業する社員に対しては周知しておくほうが余計なトラブルとならないでしょう。

3. 社会保険の適用について
寺島
厚生年金と健康保険については、勤務している事業所ごとに適用されるかが判断されます。つまり、複数の勤務先で働くAさんが、短時間ずつ複数社で雇用される場合、いずれの事業所においても適用関係を満たさない可能性がでてきます。

複数社での労働時間を合算するという仕組みではないため、複数社で短時間ずつ働くという事になった場合には社会保険に加入できなくなるという可能性があることをAさんに周知しておくほうが余計なトラブルとならないでしょう。

 

副業・兼業に関する注意点まとめ

寺島
副業・兼業のガイドラインに記載のように、政府は副業・兼業を推進していくとしていますが、現行の労働法制では「自社でも雇用、他社でも雇用される副業」の場合、労働時間の通算や労災保険・社会保険の適用など気をつけなければならないことが残されています。

高谷
副業・兼業を受け入れていく際には、説明いただいた各法令を注意指定いく必要があるということですね。

寺島
「自社にとってどのような副業を認めるのか?」「労働時間の把握などをどこまで行うのか?」などを検討し、必要に応じて専門家に相談し進めていくことをお勧めします。

副業・兼業は労働者、企業、社会の三者にとってメリットがある働き方です。今後、よりスムーズに企業内で導入がしやすいよう、法制度や社会保障制度を含め政府には期待したいところです。