育休男性85%の国、北欧スウェーデンの育児休暇事情(現地レポート)
執筆: 田中靖子(たなかやすこ) | |
厚生労働省が主催する労働政策審議会では、「仕事と育児の両立支援についての会議」を開催し、育児休暇制度の改善に向けて審議を重ねています。この会議で注目を集めたのが、「北欧スウェーデンの育児休暇の制度」です。
北欧スウェーデンでは、男女平等の精神が根付いており、男性の育児参加が進んでいると言われています。また、ワークライフバランスが高く、仕事と育児のバランスが理想的であると評価されています。
それでは、実際にスウェーデンでは男性の育児参加は進んでいるのでしょうか?スウェーデンの育休の制度は日本と比較して何が違うのでしょうか?
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スウェーデンで、ホントに男性の育児参加は進んでいるのか?
スウェーデンの男性が育児に積極的であることは、統計を見ると明らかです。厚生労働省の発表によると、2015年度の日本人男性の育休取得率はわずか2.65%ですが、スウェーデン人男性の取得率は85%です。日本と比較できないほど圧倒的に高い数字を誇っています。
平日にストックホルムの街を歩くと、ベビーカーを押している男性をたくさん見かけます。公園に行くと、子供と走り回っている男性がたくさんいます。カフェに入れば、ベビーカーを揺らしながらコーヒーを飲んでいる男性が座っています。地下鉄やバスに乗れば、ベビーカーを押している男性を見かけます。抱っこひもを付けて子供をあやしている男性も珍しくありません。
日本人からすると、「仕事はどうしているのだろうか?」という不思議な光景です。平日の昼間に子供と過ごしている男性は、仕事をしていないのでしょうか?
答えは簡単です。スウェーデンでは90%近くの男性が育休を取得するため、平日の昼間に子供と歩いている男性がたくさんいるのです。
日本人男性の育休取得者の40%が5日未満に留まっているのに対し、スウェーデン人男性の平均の取得期間は約4ヶ月です。平日の昼間にベビーカーを押している男性は、スウェーデンではごく自然な風景です。
どうして男性が育児休暇を取ることができるのか?
実はスウェーデンでも、40年前までは男性の育休取得率は0%でした。1974年に世界で初めて男性の育休制度が導入されましたが、制度に不備が多く、1991年になっても男女の育休分担率はわずか6%でした。その後、スウェーデン政府が改革に改革を重ねたことで、現在の85%にまで向上しました。
スウェーデン政府はどのような改革を行ったのでしょうか?
日本とスウェーデンの育児休暇の制度の違いは、大きく分けて4つあります。
(1)男女それぞれに育児休暇が与えられている
スウェーデンの育児休暇は、父親が8ヶ月(240日)、母親が8ヶ月(240日)取得することができます。合計1年4ヶ月(480日)です。480日間はカレンダー通りに計算するのではなく、勤務日で計算します。子供の年齢で考えると、子供が1才10ヶ月になるまで丸々休むことができます。
日本の育休は原則1年です。保育園に入れない場合に限って、1才半まで延長することができます。
育休の期間だけ見ると、日本もスウェーデンも同じような印象を受けます。しかし大きく異なる点は、スウェーデンの育休が「父親が8ヶ月、母親が8ヶ月」と厳密に区切っている点です。もし父親が育休を取らなければ、せっかく与えられた休暇は消滅してしまいます。
また、男性が育休を取得すると、税還付を受けることができるという「男女平等ボーナス制度」もあります。両親が取得する育休の日数が平等であればあるほど、ボーナスの金額が大きくなります。つまり、男性が長く育休を取れば取るほど、税制上の優遇が大きくなります。
もし父親が育休を取らなければ、せっかく与えられた8ヶ月の休暇は消滅してしまう上に、ボーナスを受け取ることもできなくなります。育休を取らない男性は、時間的にも経済的にも損失を受けます。よって、仕事が忙しい男性でも「育休を取らないともったいない」というインセンティブが働きます。周囲の人からも、「男性も休みを取らないともったいないですよね」という理解を得ることができます。
日本でも、男性の育休を推進するために、2010年に「パパママ育児プラス」という制度が始まりました。通常の育休は1年間ですが、父親と母親の双方が育休を取る場合、「子供が1才2ヵ月になるまで」育休を取ることができるという制度です。つまり、「男性が育休を取ると、育休の期間が2ヶ月伸びる」というメリットがあります。
しかし、制度が開始してから6年以上が経つにも関わらず、パパママ育児プラスの制度は浸透していません。スウェーデンの制度と何が違うのでしょうか?
日本の制度が「育休を取るとメリットがある」というのに対して、スウェーデンは「育休を取らないとデメリットがある」という制度です。日本の制度では、「育休を取らないともったいない」という大義名が働かず、むしろ「メリットがあってずるい」という方向に働いてしまいます。
スウェーデンの場合は、「育休を取らないと税金が高くなる上に、育休の期間が短くなってしまって可哀想だ」と周囲に納得してもらうことができます。
(2)夫婦で休みを譲り合うこともできる
夫婦によって、仕事の状況は様々です。両親が平等に8ヶ月ずつ仕事を休むことができない場合もあります。その場合は、相手に育休を譲渡することができます。
例えば、家に持ち帰って仕事をすることができる場合、家で子供の世話をしながら仕事を進めることができます。このような場合、長く育休を取る必要はありません。早く仕事に復帰をして、余った育休を夫婦で譲り合うことができます。例えば、男性が5ヶ月しか育休を取らなければ、3ヶ月分の育休が余ります。この育休を妻に譲り渡すと、妻は11ヶ月分の育休を取ることができます。
ただし、無制限に譲渡できるとなると、「父親が全ての育休を母親に丸投げして、母親に育児の負担がかかる」というリスクがあります。そこで、「3ヶ月分(90日分)は譲り渡すことができない期間」という上限が定められています。
つまり、父親であれ母親であれ、3ヶ月分は個人の育休として動かすことができません。そこで、男性には「3ヶ月以上は育休を取らないともったいない」というインセンティブが働きます。しかも、譲渡すればするほど、税還付のボーナスは減少してしまうので、「よほどの事情が無い限りは、各自で3ヶ月以上は休もう」と考えるようになります。
実際、スウェーデン人男性が育休を取得する平均期間は約4ヶ月です。「3ヶ月以上は各自で育休を取ろう」というインセンティブが働いていることが分かります。
(3)子供が12才になるまで育休を取ることができる
日本の場合は、子供が1才になると職場に復帰しなければいけません。保育園に入れない場合は育休を延長することができますが、それでも1才半が限度です。
スウェーデンでは、子供が12才になるまで育休を取得することができます。日本と比較すると、スウェーデンの猶予期間が驚くほど長いことが分かります。
子供が 12 才になるまでは年間60 日の「臨時育児休暇」が加算されます。子供が大きくなるに連れて育休が毎年加算されるので、「育休が足りない」と心配することはありません。子供の学校でイベントがある場合や、雪で送り迎えが大変な場合など、必要に応じて育休を取ることができます。
(4)自由に育休を設計することができる
日本では、子供が保育園に通い始めた段階で、育休は終了します。育休は一度しか取ることができません。しかし、子供が保育園に通い始めたからといって、育児が終わるわけではありません。子供が保育園に慣れない場合は、新しい保育園を探し直さなければいけません。一度仕事復帰をしてみたものの、子供の体調が優れないため仕事と育児のバランスを調整したいという場合もあります。
このような場合にそなえて、スウェーデンでは分割して育休を取ることができます。1日単位ではなく、1時間単位で育休を取ることもできます。また、子供が小さい内は、勤務時間を25%まで短縮することも法律で認められています。この「短時間勤務」と「育休」を組み合わせれば、自由に勤務スタイルを設計することができます。
例えば、子供が保育園に慣れるまでの間は、毎週水曜と金曜を休みとして、月火木の週3日勤務として仕事復帰をすることができます。子供の送り迎えが忙しい人は、朝と夕方に1時間ずつ休みを取り、出勤時間を1時間遅らせたり、帰宅時間を1時間早くすることもできます。
子供が小学校に入った際には、子供の夏休みに合わせて育休を取ることもできます。育休を利用して子供と一緒に2ヶ月ほどバカンスに出かける、というケースも一般的です。
各自で自由に育休を設計している人が多いため、スウェーデンの保育園は午後4時頃にお迎えのピークとなります。毎週金曜日を休みとしている保育園も珍しくありません。
このように、分割して育休を取ることができるため、仕事が忙しい男性でも、仕事の状況を見ながら育休を取ることができます。
現地のブログやFacebookを見ると、育児中の男性同士のグループページが充実しており、仕事復帰のタイミングや育休をどのように設計するべきかという点について、真剣に話し合っています。スウェーデンの男性が、仕事とのバランスを取りながら長期的に子供と向き合っている様子が伺えます。
なぜ、スウェーデンの育児休暇の制度は進んでいるのか?
日本に比べると育児休暇の制度が充実しているスウェーデンですが、どうしてこのような改革を実現することができたのでしょうか?日本では長らく育児支援について検討会議を重ねているにも関わらず、未だ男性の育児参加が進まないのはどうしてでしょうか?
スウェーデンの充実した育児休暇の背景には、スウェーデン独自の社会背景があります。
(1)国会議員の半数が女性である
スウェーデンの国会議員は45%が女性です。男女交互で候補者名簿が作成されるため、議員の半数は自然と女性が選出されます。
つまり、国会で育休の制度を検討しているのは、まさに育児中の女性です。育休の制度改革は他人事ではありません。女性の国会議員にとって、男性の育児参加は死活問題です。育児経験のある女性が作り上げた制度だからこそ、現場に即した制度を迅速に実現することができます。
(2)女性が生涯働くことが当たり前の社会
スウェーデンでは、結婚後に仕事に就いていない女性はわずか6.3%です。結婚・出産後にも、94%の女性が仕事を続けています。大多数の女性が当然のように生涯仕事を続けるため、スウェーデンには「専業主婦」という概念が存在しません。働く女性が圧倒的多数であるため、「政府が共働き世代を支援する制度に舵を取りやすい」という点がスウェーデンの最大の特徴です。
日本の場合は、専業主婦の割合が28%と高いため、政府が共働き世帯を支援する対策を提唱すると、他の世帯から反対の声が上がります。現在でも、103万の壁や130万の壁の是非について、賛否両論が巻き起こっています。
これに対して、スウェーデンでは圧倒的多数の女性が生涯働き続けるため、政府が共働き世帯を対象とした政策に焦点を絞ることができます。
(3)男女の賃金格差が世界一少ない
日本では、育休を取得する99%は女性です。実際に身体を張って出産や授乳をするのは女性なので、女性が育休を取得するのは、自然な流れのように思えます。しかし、子供がある程度大きくなった後になっても、育児の主体が女性となるのはどうしてでしょうか?この理由の一つに、「女性の賃金が低い」ということが挙げられます。
例えば、夫の年収が500万円で妻の年収が200万円の場合、子供が熱を出して仕事を休まなければいけないとなると、夫が「自分は家計を支えているから仕事を優先しなければいけない」と考えるのは自然なことです。妻としても「夫に仕事を辞めてもらっては困るから、子供のことは自分が責任を負わなければいけない」と考えてしまいます。
国連開発計画の発表によると、日本の男女賃金格差は0.46です。女性は男性の半分程度のお給料しか受け取っていないのです。このため、自然と男性が仕事を優先するようになり、女性がいつの間にか育児の負担を背負うという構図が出来上がってしまいます。
スウェーデンでは、男女の賃金格差が0.84であり、世界第一位の数値を誇っています。女性が当然に働くという自覚があるため、男性に家計を依存することはありません。その代わりに、女性が育児の負担を1人で背負う必要もありません。どちらかだけでは成り立たないのです。
つまり、スウェーデンでは、男性が「家計を支えなければいけない」というプレッシャーを感じることがない代わりに、女性が「育児の負担を1人で背負わなければいけない」というプレッシャーを感じることもありません。両者は車の両輪のように密接不可分の関係として支え合っています。
(4)多様な働き方を許容する社会、残業をしない労働スタイル
育児をするうえでは、突発的な早退や欠勤は避けることができません。子供のお迎えや夕食作りがあるため、残業をすることもできません。
スウェーデンでは、子供がいるかいないかに関わらず、長時間の残業をするという文化がありません。午後5時にオフィスを出て、午後6時には家でくつろぐというのが、一般的なスタイルです。職場での飲み会という文化も無いため、午後7時までに家に帰る男性が93.2%です。ストックホルムのオフィス街は、午後6時には真っ暗になります。
日本人の平均の帰宅時間は午後7時37分です。午後7時以降に帰宅する男性は87%にも上ります。残業をする人が多いため、子供のお迎えをするためには、申し訳ない気持ちを押さえて「お先に失礼します」と言って職場を去らなければいけません。残業をしている人は「自分はまだ仕事が残っているのに」という気持ちになるかもしれません。しかし、子供の送り迎えをする人も、タイムリミットがあるため泣く泣く帰らなければいけないという葛藤を抱えています。長時間の残業が当たり前となっている日本の就業スタイルは、育児をする人にとっても周囲で支える人にとっても、マイナスの要因となっています。
スウェーデンの場合は、お互い残業をしないため、子供のお迎えのために早退する人を気持ちよく送り出すことができます。「育児をしている人のせいで自分の仕事にしわ寄せが来た」という不快感を感じることもありません。短時間労働が定着しているからこそ、育児をしている人を自然な気持ちで応援することができます。
スウェーデンの今後の課題は?
充実した育児政策が実現されているスウェーデンですが、まだ課題は残っています。スウェーデンの目下の課題は、「男性が育休を取得する期間が短い」という点です。女性が平均して約1年3ヶ月の育休を取るのに対し、男性の平均は4ヶ月です。
日本人からすると、「男性が4ヶ月も仕事を休むなんてなんと贅沢なことか」というイメージを受けます。しかしスウェーデンの女性は、「女性だけが1年以上も職場を離れなければならないのに、男性は4ヶ月しか休みを取らないのは不公平だ」「夫婦で譲り渡しができない期間をもっと長くするべきだ」と主張しています。
日数ベースで計算すると、育休取得率は女性が75%、男性が25%です。育休の取得期間に着目すると、まだ男女平等が実現されているとは言えません。スウェーデン政府は、日数ベースでの育休取得が男女同等となるよう、現在も審議を重ねています。日本の100年先を行くような議論ですが、ワークライフバランス先進国のスウェーデンでは深刻に議論されている課題です。
最後に
スウェーデンでは、大多数の女性が生涯働き続けるため、共働き世帯を支援する育児制度が充実しています。育児休暇は、必要なときに必要なだけ取得することができるので、仕事が忙しい男性でも柔軟に取得することができます。使い勝手の良い育児制度に支えられて、男性の育休取得率は約90%という高い数字を誇っています。
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