育休しても生活保障で80%の収入!スウェーデンに学ぶ、育休しやすい環境づくり

執筆: 田中靖子(たなかやすこ) |

育休時の生活費のあり方を、スウェーデンと比較して考える

スウェーデンでは、約85%の男性が育児休暇を取得します。女性は平均して約1年3ヶ月、男性は平均して約4ヶ月の育休を取ります。ゆっくり1年以上も仕事を休んでいる間、生活費はどうしているのでしょうか?会社からお給料が支払われるのでしょうか?

今回の記事では、育休大国スウェーデンのおサイフ事情に迫ります。

 

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そもそも日本の育休を支える制度は?

まず、日本の制度を確認しておきましょう。

日本で育休を取得した場合、生活費はどのように保障されるのでしょうか?

(1)会社が給与を保障する義務はない

日本では、育休の間に会社からお給料が支払われることはありません。育休は有給休暇と異なり、会社が給与を支払う義務はありません。

育児介護休業法には、「労働者は、その養育する 1 歳に満たない子について、その事業主に申し出ることにより、育児休業をすることができる」と書いてありますが、お給料の保障についての規定はありません。

ただし、最近ではワークライフバランスを重視する企業が増えており、独自にお給料の保障をする会社が増えています。TOYOTAでは、育休中の給与を80%保障する制度を設けています。第一生命では、産休中にも通常通りの月給とボーナスを支払っています。

地方自治体での取り組みも始まっています。埼玉県の北本市では、育休中の1年間に給与の100%を保障する制度を2014年に始めました。

このように、企業や自治体ベースで育児を支援する取組みが少しずつ広がっています。

(2)育休中は「雇用保険」から生活費が支払われる

それでは、お給料の保障が無い会社に勤めている場合はどうしたらいいのでしょうか?

一般的なサラリーマンやOLは、「雇用保険」に加入しています。雇用保険とは、ハローワークが管轄する制度です。育休中の生活費は、この雇用保険から支払われます。「育児休業給付金」と呼ばれています。

育児休業給付金はいくら支払われるのでしょうか?育休が始まって最初の6ヶ月間は、給与の67%が支給されます。育休が6ヶ月を過ぎると、保障は50%に下がります。

例えば、保育士として年収360万円を稼いでいる花子さんの場合を考えてみましょう。花子さんの基本給は22万円、残業代は毎月3万円、ボーナスは年2回の各30万円です。

給付金の計算には、残業代は含まれますが、ボーナスは含まれません。花子さんが育休を取ると、月収25万円の67%として月額16万7,500円が支給されます。育休が6ヶ月を過ぎると、支給額は月額12万5,000円に下がります。1年間に受け取ることができる金額は、合計175万5,000円です。給付金の計算にはボーナスが含まれないので、通常の年収に比べると半分以下にまで低下してしまいます。

なお、給付金には上限が定まっているため、年収が約760万円を超えると、一律約42万円の支給となります。

給付金は、子供が1才になるまで受け取ることができます。保育園に入れない場合は、子供が1才6ヶ月になるまで延長することができます。ただし、仕事に復帰した段階で支給は止まります。子供が8ヶ月のときに仕事復帰をすれば、それ以降は給付金を受け取ることはできません。

(3)フリーランスやアルバイトには生活費の保障が無い

フリーランスやアルバイトとして働いている方は、残念ながら雇用保険には加入していません。専業主婦の方も雇用保険には加入していません。このような方々には、生活費の保障はありません。夫がサラリーマンで雇用保険に加入している場合であっても、夫が育休を取らない限りは、給付金を受け取ることはできません。

(4)育休中の生活保障は保険料と税金で成り立っている

育児休業給付金はどこから支払われているのでしょうか?財源は何なのでしょうか?

雇用保険は、労働者と企業の積立金を財源としています。お手元に給与明細がある方は、雇用保険の項目を見てみましょう。知らないうちに保険料が毎月差し引かれていることが分かります。花子さんの場合は、月々1,000円程度を雇用保険として支払っています。

労働者と企業の積立金で足りない部分については、税金が投入されています。つまり、育休中に受け取ることができる生活費は、「自らが稼いで支払った保険料」と「企業が利益を上げて支払った保険料」と「国民全体が支払った税金」の3本柱によって支えられています。

スウェーデンの生活保障は世界最高水準の80%

それでは、育休大国のスウェーデンではどのように生活費が保障されるのでしょうか?

スウェーデンでは、父親と母親がそれぞれ8ヶ月ずつ育児休暇を取得することができます。子供1人につき、合計1年4ヶ月休むことができます。このうち最初の13ヶ月は、給与の80%が保障されます。残りの3ヶ月間は、1日180クローナ(約2,300円)が支払われます。

ややこしい制度の説明だけを聞いてもイメージがわかないと思いますので、下記では一般的なスウェーデン人夫婦の育休のケースをのぞいてみましょう。

スウェーデンでの一般的な共働き夫婦のケース

夫が公務員として月収45万円、妻が教員として月収35万円を稼いでいるケースを考えてみましょう。これはスウェーデンでの一般的な給与水準です。

(1)出産〜子供が10ヶ月になるまで

子供が生まれると、まずは母親が育休を取ります。出産直後は母親が身体を休める必要があるため、まずは母親が育休を取ります。父親は、短時間勤務や在宅勤務をすることで、母親をサポートします。

この間、妻は月給の80%である28万円を毎月受け取ることができます。夫は短時間勤務をしていますので、少し収入は減りますが、月給40万円ほど受け取ることができます。夫婦の収入は月額68万円です。

(2)子供が10ヶ月〜1才になるまで

子供が10ヶ月になる頃には、父親に育休をバトンタッチします。この頃に子供がよちよち歩くようになり、公園遊びができるようになるので、育児が体力勝負となります。そこで、体力のある父親と育児を交代します。スウェーデンの公園に父親が多いのは、男性が育休を取る期間と子供の公園デビューのタイミングが重なっているからなのです。

この時期に、母親は週2〜3日のペースで徐々に仕事復帰をします。日本のようにいきなり週5日で復帰するのではなく、父親と育児のバランスを相談しながら、緩やかに仕事復帰をします。

父親が育休に入るため、今度は父親が給与の80%である月額36万円を受け取ることになります。妻は週2〜3日のペースで働いているため、少し収入は減りますが、月給30万円ほど受け取ることができます。夫婦の収入は月額66万円です。

(3)子供が1才〜1才半の時期

スウェーデンの子供は、1才になる頃に保育園に通い始めます。父親が子供と一緒に保育園に見学に行き、子供に合う保育園を選びます。

保育園が決まると、週2〜3日の慣らし保育が始まります。子供が保育園に慣れてくると、徐々に通園日数を増やし、父親は週2〜3日のペースで仕事復帰をします。この頃、母親は週5日で働くようになります。

子供が1才半になる頃には、保育園に週5日で通うようになります。この時期になると、夫婦そろって週5日で働くことができます。これ以降は、父親も母親も従前通りの給与を受け取ることができます。

以上のケースでは、育休の期間が390日以内におさまっていますので、全期間で給料の80%が保障されます。これよりも長く育休を取る場合は、生活費の保障が1日180クローナ(約2,300円)に下がります。

手厚い生活保障の財源はどこから来ているのか?

スウェーデンの充実した生活保障は、どこから支払われているのでしょうか?

育休中の生活保障は、「国民保険」から支払われています。国民保険とは、国民全員が加入している一般保険です。国籍や職業を問わず、スウェーデンに居住している全ての人が加入しています。国籍を問わないため、スウェーデンに住んでいる日本人でも加入することができます。国民全員の拠出金によって成り立っている制度なので、イメージとしては日本の「健康保険」に近い制度です。

全ての一般市民が加入しているため、アルバイトやパートの方が育休を取った場合にも、生活費が支払われます。フリーランスとして働いている方にも、きちんと生活費が保障されます。

驚くべきことに、スウェーデンでは無職の人にも育休中の生活費が保障されます。転職活動中で無職の方はもちろんのこと、学生が育休を取った場合にも、生活費が支払われます。学生の場合は、1日育休を取るたびに日額250クローナ(約3,250円)が支給されます。

なお、スウェーデンでは、育児のために転職する人が珍しくありません。このような場合、育休中に一時的に無職となってしまいますが、生活保障の計算としては、無職と扱われることはありません。仕事を辞める前の収入を基礎として、生活費が保障されます。

このような充実した社会保障の制度は、「学生であれ無職であれ、子育てのために学業や転職活動が妨げられるので、国民全体で生活を支援するべきだ」という考え方に基づいています。

育休時の生活費をスウェーデンとの比較で考える

多くの企業では独自に上乗せした基準でさらに生活費を保障している

充実した生活保障の制度ですが、もちろん上限が定められています。年収が約582万円を超えると、一律約37万円の支給となります。そこで、スウェーデンの多くの企業では、独自に基準を上乗せして、給与の90%や100%を保障する制度を設けています。

スウェーデン発の音楽アプリ会社Spotifyでは、最初の6ヶ月間は給与の100%を保障する制度を設けています。父親も母親もSpotifyで働いている場合は、12ヶ月間の給与が100%保障されます。

ノーベル賞の選考委員として名高いカロリンスカ研究所では、給与の100%を12ヶ月間保障する制度を設けています。スウェーデン発のインテリア会社IKEAでも、育休中の給与を100%保障しています。世界各国に店舗を広げるIKEAは、アメリカの店舗で採用する従業員にも100%の給与保障をすることを2016年に発表して、アメリカの経済界に大きな衝撃を与えました。

その他にも子育て夫婦を支える福祉サービスが充実

スウェーデンでは、生活費の保障だけでなく、育児中の家庭を支えるために様々なサービスが充実しています。

スウェーデンの保育園は、主に税金によって賄われています。保育料はわずか給与の1~3%です。上限は1,362クローネ(約17,706円)なので、年収が数千万円となっても月々の保育料は1万円代に収まります。給食費や工作費も一切かかりません。おむつは保育園で支給されるため、名前を書いて持っていく必要もありません。

また、子供と一緒にベビーカーでバスに乗る場合は、無料で乗車することができます。一般の乗車客は一番前のドアからお金を払って乗りますが、ベビーカーを押している場合は後ろのドアから乗ることができます。バスには段差もありません。バスの中にベビーカー用のスペースがあるため、ベビーカーを折りたたむ必要もありません。

さらに、子供には医療費がかかりません。予防接種や定期検診はもちろん、風邪やインフルエンザで受診した場合にも、医療費は無料です。

16才以下の子供には、毎月「子供手当」が支給されます。年収に関係なく、子供が16才になるまで定額が支給されます。子供が1人の家庭には毎月1050クローナ(13,650円)、2人の場合には2250クローナ(約29,250円)、3人の場合には3880クローナ(約50,440円)と、子供の数が増えるにつれて金額が上がります。子供が5人いる家庭には、毎月8114クローナ(約105,482円)もの金額が振り込まれます。

育休を取った男性は出世コースから外れることはないのか?

以上のとおり、スウェーデンでは育休中の生活保障がきめ細やかに設計されています。

しかし、日本人男性は「いくら生活費の保障があると言っても、やはり育休を取ることには抵抗がある」と感じるのではないでしょうか?

なぜなら、日本人男性が一番気になるのは、「生活費の心配が無いとは言っても、育休を取ると出世コースから外れてしまうのではないか?」という点です。この心配が払拭されない限りは、いくら生活費の保障が確立されていても育休取得に踏み出すことはできません。

それでは、スウェーデンでは育休を取った男性は出世コースから外れてしまうのでしょうか?

答えは「NO」です。育休を取った男性が出世コースから外されることは一切ありません。なぜでしょうか?

(1)育休を取る男性が圧倒的多数、むしろ休みを取らない方が珍しい

「育休を取ると出世コースから外れるのではないか」という心配は、「育休を取る男性がマイノリティーである」という考えに起因しています。

スウェーデンでは、男性の約85%が育休を取得します。育休を取る男性が圧倒的多数であるため、育休を取る男性全員を出世コースから外していては、会社が機能しなくなってしまいます。

このことは、日本のデータと比較すると明らかです。明治安田生命の調査によると、2016年のお盆休みに1日以上の休暇を取った人は88%です。つまり、「スウェーデンで数ヶ月の育休を取ること」は、「日本で数日のお盆休みを取ること」と同じような感覚です。どちらも約90%の圧倒的多数派です。

日本では、1日でもお盆休みを取ると出世コースから外されてしまうのでしょうか?むしろ、1日も休みを取らない方が珍しいのではないでしょうか?

スウェーデンでは、男性でも数ヶ月単位で育休を取ることが当然であり、出世コースから外されることはありません。子供が生まれたのに育休を取らない男性は、「仕事で重大なトラブルを抱えているのだろうか?」「家族が海外に暮らしているのだろうか?」と心配されるほどです。

(2)育休中にも自分のペースで仕事を進めることができる

日本の育休は、「子供が生まれたら続けて1年間休みを取り、その間はずっと家にこもって育児に専念する」という期間です。

スウェーデンでは、分割して育休を取得することができます。仕事が忙しい男性でも、週1日ずつ休暇を取ることができます。1時間単位で休みを取ることもできます。

例えば、大学教授が育児休暇を取るケースを考えてみましょう。大学教授は競争の激しい専門職ですが、スウェーデンでは大学教授でも育休を取ることが一般的です。育休の間は、学生の授業を担当する必要が無く、教授会に出席する義務は免除されます。子供と家にいる間に、論文の執筆を進めたり、実験データを編集するなど、自分の研究を進めることができます。育休の間に著書を出版する人もいます。つまり、育休の間はわずらわしい業務から解放され、個人の実績を積むことに集中することができる期間です。育休の間でも自分のペースで仕事を進めることができるので、競争から取り残される心配はありません。

職場にいなくても仕事を進めることができるように、在宅勤務の制度やオンライン勤務の制度が充実しています。日本に比べると、個人情報保護に関する規制が厳しくないため、仕事を家に持ち帰ることが比較的容易となっています。

スウェーデンが進んでいるのか?日本が遅れているのか?

スウェーデンでは、育休中の16ヶ月間の生活費が保障されます。16ヶ月もの長い期間で給与の保障がされるというのは、世界最高水準の手厚い制度です。日本はスウェーデンに比べると遅れているように感じますが、先進国の水準としては標準的です。

ノルウェーでは給与の100%が保障されますが、期間は11ヶ月です。イギリスでは給与の90%が保障されますが、期間は9ヶ月です。ドイツでは12ヶ月の保障がありますが、割合は67%です。オーストラリアでは最低賃金の保障があるのみで、期間もわずか4ヶ月です。アメリカに至っては、育休中の生活保障は一切ありません。

日本の生活保障は67%で期間も12ヶ月なので、世界的に見れば生活保障は充実している方です。ただし、アメリカやイギリス、オーストラリアは出生率が高いため、国が育児支援に力を入れる必要がないという現状があります。日本は、少子高齢化が深刻化している国としては、対策に遅れを取っています。

スウェーデンでも、少子化が社会問題となった時期があります。1999年には合計特殊出生率が1.50にまで低下し、少子化が深刻となりました。しかしその後に政府が育児支援政策に力を入れ、子育てをしやすい社会が実現化し、2014年には出生率が1.89にまで回復しました。日本の出生率は低下の一途をたどっており、2014年は1.42を記録しました。

まとめ

スウェーデンでは社会保障の制度が充実しており、育休中に生活費を心配する必要はありません。ただし、スウェーデンの充実した生活保障は、国民全体で負担する拠出金によって成り立っています。

日本で育児制度の改善に本格的に取り組むためには、税金の負担がさらに重くなることを覚悟しなければいけません。

少子化が深刻化する日本において、育児政策を重視して国民全体での税負担を覚悟するのか、このまま企業ベースの取り組みに任せ続けるのか、日本国民が決断すべき時期に差し掛かっています。

 

 

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