同一労働同一賃金〜スウェーデンの事例〜
執筆: 田中靖子(たなかやすこ) | |
最近ニュースで話題となっている「同一労働同一賃金」とは、一体どのような制度なのでしょうか?まだ日本では実現化されていない制度ですが、ヨーロッパ諸国では古くから同一労働同一賃金の制度が確立されています。今回の記事では、スウェーデンのモデルケースを紹介しながら、同一労働同一制度がどのようなものなのかを分かりやすく解説します。
まず「同一労働同一賃金」とは何か?
スウェーデンのケースを紹介する前に、まず「同一労働同一賃金」とは何かを確認しておきましょう。
同一労働同一賃金とは、「同じ内容の仕事をする人には、同じ賃金を支払わなくてはいけない」というルールです。正社員であれアルバイトであれ、派遣であれ契約社員であれ、同じ内容の仕事を担当する従業員には、同じ給料を払わなくてはいけない、という原則です。
どうしてヨーロッパには同一労働同一賃金のルールがあるのか?
同一労働同一賃金の制度は、元々は、「人種によって賃金を差別してはいけない」というスローガンのもとで確立されました。
次第に女性の社会進出が進むようになると、「女性だからといって給料が低いのはおかしい」という男女の給料格差が問題となり、同一労働同一賃金の必要性がここでも叫ばれるようになりました。
時代の流れとともに、人種差別や性差別的な意味合いは少なくなりました。現在では、「派遣であれアルバイトであれ、正社員と同じ仕事を担当しているのであれば、同一の給料を支払うべきだ」という意味で用いられています。
実際にスウェーデンでは同一労働同一賃金が実現されているのか?
スウェーデンと日本のデータを比較してみると、スウェーデンで同一労働同一制度が実現されていることがよく分かります。
まず、フルタイム労働者とパートタイム労働者の賃金水準のデータを見てみましょう。日本では、フルタイム労働者に対するパートタイム労働者の賃金水準が56.6%です。つまり、パートタイム労働者は、フルタイム労働者に比べると、およそ半分程度の給料しか受け取っていないのです。
しかし、スウェーデンでは、同水準が83.1%と高い数値を誇っており、パートタイム労働者の給与が高い水準で保たれていることが分かります。パートタイム労働者であっても、正社員と同じ仕事をしている限りは、正社員と同水準の給料を受け取ることができるのです。
スウェーデンの給与体系とは?
スウェーデンでは、具体的にどのようにして同一労働統一賃金の制度を実現しているのでしょうか?
スウェーデンの産別協約には、給与体系のルールが定められています。
一つずつ見ていきましょう。
1. 賃金は、仕事の責任の難しさや、労働者のパフォーマンスを考慮して決定しなければならない
まず、賃金は「仕事の内容」によって決定しなければならないことがはっきりと定められています。アルバイトか正社員かの違いによって、賃金に差をつけることはできません。日本のように、年功序列によって賃金を自動的に上げることもできません。
2. 難易度の高い仕事は、より多くの賃金を得なければならない
「仕事の内容」によって賃金を決定するといっても、簡単な仕事を担当する人に高い給料を支払っていては、同一労働同一賃金の制度が名ばかりとなってしまいます。
そこで、「仕事の難易度が上がれば、それに比例して給料を高くしなくてはいけない」というルールをはっきりと定めています。一見当たり前のように思えるルールですが、同一労働同一賃金の制度の根本を支える重要なポイントです。
3. 賃金は、労働者個々人の能力によって差がつかなければならない
誤解している方が多いのですが、「同一労働同一賃金のもとでは、個人の能力が上がっても給料が上がらない」というわけではありません。同一労働同一賃金のもとでも、高い能力を持つ従業員に対しては、高い給料が保障されるのです。
例えば、ある法律事務所で働いている秘書のケースを考えてみましょう。
Aさんは文学部を卒業したばかりの新卒の社員であり、Bさんは法学部出身で、企業の法務で働いた経験があり、秘書検定の資格も持っています。
このような場合、AさんとBさんが同じ秘書という仕事を担当するとはいえ、法律知識や職務経験に明らかな差があります。同じ仕事を任せても、Bさんの方が仕事が早く、仕事のスキルが高いと考えられます。
このような場合、Bさんの基本給を高く設定することができます。Bさんの秘書検定の資格に着目して、資格手当を付けることもできます。
他にも、同じウェイトレスの仕事であっても、栄養士やソムリエの資格を持つ人を優遇して、高い給料を支払うことができます。資格手当を付けたり、特別にボーナスを与えることもできます。
このように、同一労働同一賃金の制度でも、自分の能力を磨けば高い給料を受け取ることができます。スキルを磨けば給料が上がるので、従業員は「自分で勉強して資格を取得しよう」「仕事に関わる知識を深めて作業効率を上げよう」というインセンティブがわきます。
企業側にもメリットがあります。従業員の年齢が上がっても、同じ仕事を担当している限りは賃金を上げる必要はありません。仕事のスキルを磨いた従業員の給料を上げればよいので、企業としては非常に効率的です。
日本の企業の場合は、年功序列で給与がどんどん上がっていくので、仕事のスキルが上がらない従業員にも高い給与を払わなくてはいけません。
4. 全ての労働者は、どのように自分の賃金が上がるのかを知っていなければならない
労働者は、「自分が受け取っている給料が適切なものか」ということを、常に確認することができます。賃金体系が公表されているので、「ライバル会社で同じ仕事をした場合、自分の給料はどれぐらいになるか」ということもすぐに知ることができ、転職のチャンスをうかがうこともできます。
給与体系が透明化されることによって、労働者は自分の賃金に納得することができ、仕事に対する意欲が高まります。
5. 賃金に差をつける際に差別的な要素があってはならない。そのような要素があった場合、賃金交渉を通じて是正されなければならない
同一労働同一賃金のもとでは、仕事の内容や能力によって差をつけることは許されますが、その他の事情で差をつけることは一切許されません。
同じ内容の仕事をしているのに賃金に格差があることが発覚すれば、会社と交渉をすることができます。交渉の場では、賃金に差を設けたことについて、会社が説明をする責任を負います。会社が十分な説明をすることができなければ、給与の格差を直ちに是正しなければいけません。
以上のとおり、スウェーデンの給与体系には同一労働同一賃金のルールが数多く定められています。
スウェーデンではどうして同一労働同一賃金を実現することができるのか?
スウェーデンでは、どうしてこのような同一労働同一賃金の制度を徹底することができるのでしょうか?
実は、「スウェーデンの労働組合」に大きな特徴があります。
スウェーデンでは、労働者の約70%が労働組合に加入しています。日本の労働組合組織率は17.3%なので、スウェーデンの労働組合が非常に大規模なものであることが分かります。
それでは、スウェーデンの労働組合はどのように機能しているのでしょうか?
ホテルのフロントスタッフとして働いているAさんのケースを考えてみましょう。
まず、スウェーデンでは、毎年春になると、LO(労働組合総連盟)とSAF(経営者連盟)の代表が交渉を行い、その年ごとの大まかな賃金水準を決定します。これを「中央協約」と言います。
この決定を受けて、次に「産業別の協約」が結ばれます。Aさんの場合は、「ホテル・レストラン労働者組合」が、全国のホテルのスタッフの賃金水準を細かく決定します。
さらにこの決定を受けて、各ホテルが従業員の基本給を決定します。このときになって初めて、ようやくAさんの基本給が確定します。
Aさんとしては、中央協約や産業別協約の決定を参考にすれば、自分の基本給が妥当なものかどうかがすぐに分かります。中央協約や産業別協約のニュースを見ていれば、「来年の自分の給料は月給X円くらいになりそうだ」ということも予想できます。
中央協約や産業別協約を参考にしたうえで、自分の給与に不満があれば、ホテルの経営者と交渉をすることもできます。日本では、経営者と給与交渉をする場合、従業員が弱い立場に置かれます。そもそも会社と給与の交渉をしたことがない、という人も多いでしょう。
しかし、スウェーデンでは、中央協約や産業別協約が具体的な水準を発表しており、これらの水準を逸脱していれば、会社が給与を調整しなければいけません。労働者としても、具体的な参考基準があるので、強い立場で交渉にあたることができます。
以上のように、労働組合の組織が強固に確立されているからこそ、各企業が恣意的に給与を決定することを防ぎ、同一労働同一賃金の制度を徹底することができるのです。
スウェーデンの同一労働同一賃金のメリット・デメリットは?
メリットとしては、派遣やパートや新卒の若手労働者であっても、能力があれば高い給与が保障されるということです。日本のように格差が問題となることはありません。能力さえあれば、雇用体系に関わらず高い給与を確保することができます。
スウェーデンでは、より高い給与を目指す人は、自分のスキルを磨けば給料の値上げにつなげることができます。家族やプライベートの時間を大切したいという人は、高い給与にこだわらず、仕事との距離を一定に保つことができます。このように、自分の理想とするライフスタイルに合わせて、給与水準を選ぶことができます。
日本の場合は、年功序列で給与が決定されるため、「仕事のスキルを磨いても、給料が上がらない」という問題があります。家族との時間を大切にする人は、「高い給料をもらっているのに仕事をしない」と批判されることがあります。スウェーデンでは、このような問題は生じません。
デメリットとしては、会社の業績が不振であっても、同一内容の仕事を行う従業員に対して同一賃金を払わなくてはいけないため、同一賃金が支払えない場合は、解雇(リストラ)せざるをえない、という点です。
日本の企業であれば、会社の経営が不振であれば、ボーナスをカットしたり、基本給を下げるなど、企業の判断で柔軟に給料を変更できます。しかし、スウェーデンの場合は、あらかじめ賃金水準が決まっているので、会社が独自に経営方針を決めることができず、支払えない場合は解雇せざるをえない、という状況に陥ります。
もちろん、スウェーデンの場合は、公的な職業訓練や職業紹介が充実しているため、解雇された従業員が生活に困ることはありません。解雇や転職についても、日本のようにマイナスなイメージは無く、むしろキャリアを再構築するチャンスであると、肯定的に捉えられています。このように、スウェーデンの充実した福祉政策があるからこそ、同一労働同一賃金を徹底することができるのです。
最後に
スウェーデンでは、古くから同一労働同一賃金の制度が確立されているため、派遣かアルバイトか正社員かによって、賃金が差別されることはありません。同一労働同一賃金のもとでは、非正規雇用の労働環境が守られるというメリットがある反面、不況時にリストラが生じやすいというデメリットがあります。スウェーデンでは、職業訓練や職業照会などの福祉政策が充実しているため、リストラの問題を克服することができます。また、労働組合が全国的に組織されており、スウェーデンの同一労働同一賃金の制度を支える要因となっています。
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