2030年の「働く」を考える。厚労省が調査・検討結果を公表
執筆: 『人事労務の基礎知識』編集部 | |
AIやIoTといった技術革新は、人間の労働を完全に代替する存在となるのでしょうか?
将棋や囲碁のように明確なルールが存在する領域でAIが人間を凌駕していることを、昨年来の報道で世界中の人たちが認識し始めています。また世界中の調査研究機関が、ルールの定義が困難な「労働」領域でも将来AIが人間を代替するというレポートを公表しています。
日本国内でも、601職種を対象にAIやロボット等が代替する確率を試算した野村総合研究所の研究発表が注目を集めました。この調査は「10~20年後(2025年〜2030年後)に、日本の労働人口の約49%が就いている職業において、人工知能やロボット等への代替が可能」になると指摘するセンセーショナルな内容です。
2017年6月1日に厚労省が公表した『IoT・ビッグデータ・AI等が雇用・労働に与える影響に関する研究会 報告書』は、企業への綿密な調査に基づき、2030年頃を想定しAIやIoTといった技術革新がどう人間の雇用・労働に影響をあたえるか議論・検証したレポートです。
今回はこのレポート本編となる「調査結果のポイント」及び「個人、企業、国へのメッセージ」を紹介します。
調査結果のポイント
企業経営にAIが与える影響
過半数(52.7%)の企業が、AIの進展・普及が5〜10年後に企業経営に与える影響について「大きなプラスの影響(11.0%)」「プラスの影響(41.7%)」があると好意的にとらえています。一方「わからない(16.9%)」という正直な回答も一定数あります。
雇用量にAIが与える影響
「(雇用が)全体としては増加する」と回答した企業は10.4%と少数です。業種別では、「増加」が「減少」を上回っているのは情報通信業(各33.3%、20.0%)のみとなりました。
経営的には比較的ポジティブにAIを捉えている一方、雇用量の減少にはつながると考える企業が多い点が興味深いです。
雇用量を増加させるには、AI等を活用し新しい価値創造する企業が増加する必要がありますが、現在のところ「効率化」「生産性向上」を目的にAI等を活用しようと考える企業が最多(39.9%)です。
部門によって異なる影響評価
企業内でも部門によって、AI等の労働代替の影響は異なると予想されています。
AIが労働の一部を代替ないし支援する部門
- 生産部門:85.4%
- 調達・仕入部門:84.4%
- 総務部門:85.1%
- 人事部門:84.2%
AIが労働を新規創出する部門
- 開発部門:37.2%
- 経営企画部門:29.5%
「IoT・ビッグデータ・AI の進展・普及が雇用・労働に与える影響」についての回答が、各部門への影響を明示しています。
「経理、給与管理等の人事部門、データ入力係等のバックオフィスのホワイトカラーの仕事が減少する」と回答した企業は全体の55.2%となっている一方、「顧客ニーズの把握や商品・サービスとのマッチングがAIやビッグデータで効率化・自動化され、関係する営業・販売の仕事が減少する」は47.6%が当てはまらないと回答しています。
現在40歳前後の大卒以上のホワイトカラーへの評価
3社に1社以上の企業が、汎用AIが登場すると言われる2030年には、現在40歳前後の大卒以上のホワイトカラーの過半数が、担当業務の一部をAI等で代替されると考えています。
AI等に代替される従業員の再教育
AI等の労働代替への対応として、従業員の再教育が必要と考えている企業は多いようです。AI等の活用意向を持つ企業の65%は再教育が必要と考えています。
AI等の進展・普及への対応状況
58.5%の企業で、まだ何も対応(対策)も講じていません。現時点で企業の対応として最多なのは「経営課題の1つとして検討している(26.7%)」で、「既存事業の見直しの一環として検討している(18.8%)」、「新 規事業の一環として検討している(17.8%)」が続きます。
有識者研究会から、個人・企業・国へメッセージ
今回のレポートには、研究会から「2030年に向け、個人・企業・国が行うべき」メッセージが添えられています。熱いメッセージなので、全文をそのまま掲載します。
個人、特にいま働いている40歳前後の人たちへ
- 今後、単純業務や定型業務はAI等に代替されていくと予想される。長い職業生活の中、いま担当している業務全てが無くならないまでも、業務内容や役割が大きく変わる可能性がある。
- 汎用AIが登場すると言われる2030年にも現役である現在40歳前後の従業員が、15年後も引き続き仕事で能力を発揮し、企業に貢献するためには、新しい技術(IoT・ビッグデータ・ AI 等)に対応し、それを使いこなしていく能力や、AI 等に置き換えられない能力を身につけていくことが必要である。
- 企業アンケート調査によれば、そのために取り組むこととしては、「AI等を取り入れた新しいツールやシステムを使いこなす力を身につける」「AI 等に代替されにくい能力・スキルを強みとして伸ばしていく」「AI 等の活かし方を考えるための創造性やデザイン力を身につける」といった、いわばAI時代のリテラシーを強化することがあげられている。
- 企業アンケート調査では、こうした能力の獲得に取り組むことで、「7~9割」の人が15年 後も引き続き自社で活躍していけると考える企業が多い。AI 等が進展・普及する中でも引 き続き企業で活躍していくためには、変化への柔軟な対応力を身につけ、新しく求められる能力を身につけるために学び続けることが必要である。
- ただし、1社での長期にわたる継続雇用の維持が難しくなる中、「企業がなんとかしてくれる」という時代ではない。社内外の制度も活用しながら、自らキャリアを考え、能力開発に取り組んでいくことが必要である。
個人、特にこれから社会に出る若者と、その能力開発に関わる人たちへ
- 汎用AIが登場すると言われる2030年に社会に出る若者(現在7~11歳くらい)は、AI等が進展・普及した世の中で職を得、生計を立てると共に自らの力を発揮できる場を得るため、AI時代のエンプロイヤビリティを身につける必要がある。
- それがどのような能力であるかの正解はないが、AI等を既に活用している企業や活用意向のある企業の現時点での考えでは、「情報収集能力や課題解決能力、論理的思考等の業務遂行能力」「チャレンジ精神や主体性、行動力、洞察力等の人間的資質」「コミュニケーション力やネゴシエーション力等の対人関係能力」を挙げる企業が7割を占めて多く、また、「変化への柔軟性」や「企画発想力や創造性」も過半数の企業が挙げている。逆に「AI等についての高度な専門知識」や「高度なプログラミング能力や、データ分析力・処理能力」を挙げる企業は1割以下と少ない。企業インタビュー調査でも同様の意見が聞かれ、コンピュータ工学や高度なデータ分析力等の最先端の知識や高度な技術を持った人材も確かに必要ではあるが、多くの人材に求めるのは、変化への対応力や課題設定力、解決力等だと企業は考えている。
- 知識や技術はAI等に代替されていく可能性がある。技術革新によって求められるスキルが変わっていくなか、スキルの変化に対応できる基礎能力、説明能力(アカウンタビリティ)、 適応能力が益々重要となる。こうした能力は、学校教育や学生時代の経験の中で培われるものである。これから社会に出る若者の能力開発にあたっては、こうした能力を伸ばすことに意識的に取り組んでいく必要がある。
企業へ
- 多くの企業がAI等は企業経営にプラスになると期待している。現状ではAI等を効率・生産性の向上のために活用するという企業が多いが、AI等をツールにして新しい商品・サービスやビジネスなど新しい価値を生み出すという企業が増えなくては、社会全体としての雇用機会は創出されない。人口減少時代において、企業にとって人材はまさしく「人財」である。企業が人を選ぶのではなく、企業が選ばれる傾向が今後ますます強まる。人材から選ばれる企業になるためにも、企業は投資を行い、AI 等を活用して新しいビジネスを創出し、働く人に魅力的な活躍の場を提供していく必要がある。
- 多くの企業が、AI等の自社への導入や活用を担う人材が不足していると考えているが、外部から即戦力を必要数確保できないため、企業内での育成が必要と考えている。だが、内部での育成に着手できている企業は僅かである。企業はスピード感をもって、AI等の導入・活用を担う人材の育成とそれらの人材を支える人たちの能力開発に取り組む必要がある。
- AI等の仕事や雇用機会への影響(大きさやスピード)は、産業・企業・部門によって異なると考えられるが、いずれの産業・企業・部門も遅かれ早かれAI等の影響を受けることは 確実である。雇用機会が無くならないまでも、AI 等に代替されて一部の業務が消滅したり業務内容が大きく変わったりすることが予想される。企業も従業員の再教育の必要性は認識しているが、着手している企業は少ない。特にAI等の影響を大きく受ける部門での対応を急ぐ必要がある。労働力の供給が減少する中で、人材に活躍してもらうためには、従業員がAI等を使いこなしていく能力や、AI等に置き換えられない能力等を身につけられるよう、企業としての能力開発機会の提供に加えて、従業員が自主的に行う社内外での能力開 発機会への参加を支援し、それを評価すべきである。「働き方改革」を推進し、従業員が自己啓発にかけられる自由な時間を創出し与えることも企業の責任となろう。また、長い職 業生活の中では、業務内容が大きく変わり、キャリアチェンジが必要となる従業員が増え る可能性があることから、従業員への能力開発やキャリアコンサルティングの機会、外部労働市場に関する情報提供も企業に望まれよう。
国へ
- 企業がAI等を効率・生産性の向上のために活用できるよう、国は、AI等を活用できる人材の育成を支援することが必要である。あわせて、業務がAI等に置き換わっても、すぐに雇用機会が失われるわけではないが、雇用機会が失われずに済むためには、個人のエンプロイヤビリティの維持・向上を図るとともに、企業間や産業間の移動の仕組みを整備する必要がある。
- 生産性の向上や個人のエンプロイヤビリティの維持・向上のためには、国はAI等の進展・ 普及に対応した能力開発を行おうとする個人や企業を支援していくべきである。学卒者や在職者に対する職業訓練の強化、学び直しを支援するための講座の開拓や教育訓練給付による支援が必要である。
- 企業間、産業間の移動の仕組みの整備については、急速な変化の中で事業や企業がそのままの形で存続することが難しくなった場合にも労働移動が円滑に図れるよう、(AI 等の影響 を受ける層を念頭に置きながら)円滑な移動の仕組みの整備を図っていく必要がある。離職者に対する職業訓練等についても、この観点から見直し、産業界のニーズにあった能力開発・再教育をタイムリーに行える仕組みを検討すべきである。
- なお、AI等の技術革新の進展のスピードが速い場合には、働く人々が、新しい業務に求められる能力を獲得することが間に合わない可能性も高い点に留意が必要となる。企業間、産業間の労働移動による調整についても同様である。アンケート調査でも、これまでの技術革新とAI等の雇用への影響の違いについて、影響を受ける雇用の範囲(産業、職種)が格段に広く、知的労働まで影響が及ぶ点がこれまでと違うと考える企業が比較的多くなっており(回答企業の約3割)、また、影響のスピードが格段に速く、企業内再配置や再教育、世代交代では追いつかないと考える企業も見られた。
- 一方、2030年に新社会人となる人たち(現在7~11歳)のエンプロイヤビリティを高めるための対応(対策)も急がれる。アンケート調査によれば、2030年の新規学卒者に求められる重要な能力・経験は、高度なプログラミング能力やデータ分析力・処理能力でも、中高年者に求めるようなAI等のリテラシーでもなく、「情報収集能力や課題解決能力、論理的思考等の業務遂行能力」といった、いわば人間が社会で生きていく力を身につけることにあると考える企業が多くなっている。ITネイティブと言われる若年層の育成と、中高年層の再教育は、目線を変えて取り組むべきといえる。
まとめ
AI等の影響を受け「働く」の形態や意味が変質していくと多くの人が考えています。しかし未来の「働く」の形態や意味は、まさに神のみぞ知る状況です。
企業や国は想定される未来のシナリオを検討し対策しなければなりませんし、個人は自分自身でAI等の新技術と共存できる能力を今のうちから積極的に身につける努力が必要とされています。
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