就業規則の無い会社が従業員と揉めたら?
執筆: 『人事労務の基礎知識』編集部 | |
就業規則は会社のルールブックです。会社には一般常識的な取り決めもあれば、独自の慣習もあります。それらを具体的に文書にして、経営者も従業員も読めるようにしたものが就業規則です。
この就業規則は、労働者が常時10人以上いる場合は、必ず作成しなければなりません。逆に10人未満であれば作成しなくても良いのですが、トラブルなどを予防するため、そして発生したトラブルを早期に解決するために作成しておくことが望ましいと言えます。就業規則を作ったことを後悔することはないでしょう(自社の実態に合わない基準を定めてしまった場合は別)。
関連する法律の考え方
では、就業規則を作成していない事業場で何か揉め事が生じた場合は、どのように解決されるのでしょうか。ここで押さえておきたい原則があります。それは、労働に関するルールの力関係です。以下のような力関係が存在しています。
労働基準法 > 労働協約 > 就業規則 > 労働契約
最も拘束力のないものは、個々の労働者と締結する労働契約です。拘束力がないといっても、労働契約を無視していいという意味ではありません。ではどういう意味かというと、もし労働契約の内容の中に、それより拘束力の強いルールに違反している項目があるなら、その項目だけは置き換えられてしまうという意味です。分かりやすい例として、たとえば労働時間8:00~17:00の労働契約を結んだところ、その会社の就業規則には労働時間8:00~16:30となっていた場合、その従業員の労働時間は就業規則の時間に置き換えられてしまいます。
労働協約というのは会社と労働組合が話し合って決めるルールです。これが就業規則よりも拘束力が強い理由は、就業規則は使用者が労働者の意向を汲むことなく作成できるルールだからです(提出時に意見書は添付しますが、就業規則の条文を変更する必要はありません)。そこで、力関係をもう一度見ると、労働基準法が最も強制力が高いことが分かります。したがって、就業規則がない場合、生じたトラブルは労働基準法に従って解決されることになります。そして、個々の労働者と締結された労働契約が労働基準法に違反していなければ、その労働契約が有効となります。
就業規則が無い場合の具体的な対処例
それでは、労働基準法施行規則第5条の労働条件明示事項を中心に、労働基準法の規定をご紹介します。就業規則がない会社で、従業員が自分の締結した労働契約の以下の内容に不満を感じているとした場合、どのように解決できるでしょうか。労働契約の内容はすべて、労働条件通知書に書かれているとします。なお、関連する判例があれば、併せて記載します。
勤怠(終業時間、休日、就業時転換など)に関する事項
まず勤怠について、労働条件通知書を確認してください。始業時刻と終業時刻については問題になることはないと思われますが、1日の労働時間は8時間を超えてはなりません。労働時間が8時間以内の場合、休憩時間は45分で良いことになっています。労働時間が6時間以内であれば、休憩なしでも大丈夫です。この条件を満たしていれば、問題ありません。
休日は週に1日または4週に4日あれば大丈夫です。ただ、休日が少ない場合は、週の労働時間が40時間を超えていないか確認します。労働条件通知書の中に残業させることが明示されている場合に限り、残業させることが可能になります。その場合でも、いわゆる36協定は必ず出さなければなりませんので、確認すべきです。
産前産後休暇、育児休業、介護休業、子の看護休暇、年次有給休暇も、労働者が希望するなら法律通り取得させなければなりません。年次有給休暇以外は、休暇中は無給でも良いことになっています。
難しいのは交替制です。ほとんどの場合、交替制の労働時間は8時間を超えるからです。8時間を超えるなら、変形労働時間制を採用するために就業規則を作成しなければなりません。
賃金の決定、計算及び支払の方法、賃金の締切り及び支払の時期並びに昇給に関する事項
賃金については、基本給、通勤手当、その他の諸手当について、労働条件通知書の通りに決定されることになります。割増賃金の計算については労働条件通知書に書かれていると思いますが、実際の計算に当たって割増賃金率や端数処理のルールに従っているか確認してください。
賃金計算の締切りや支払時期は、労働条件通知書に明示されている通りです。昇給に関しては、必ず昇給させなければならないという法律はありませんので、その有無を労働条件通知書に明示します。
退職に関する事項(解雇の事由を含む。)
自己都合退職については労働基準法ではなく民法が適用されます。民法によれば2週間前に申し出れば退職することができますので、引継ぎが終わっていないなどの理由で引き留めることはできません。ただし、有期雇用契約の場合は、その期間満了前の退職は契約違反となります。解雇については、その事由について明確な基準がない場合、客観的に合理的な理由があるか社会通念上相当と認められるものでなければ、解雇権の濫用となってしまいます。しかも、30日以上前に予告するか解雇予告手当を支払う必要があります。
判例をご紹介します。平静19年6月22日の「トラストシステム事件」です。これは、私的メールをしていた問題社員を解雇したことが、解雇権の濫用であるとして争われた事件です。判決は、そのような問題行動があるとしても、解雇理由として過大評価することはできないというものでした。
なおこの事件では、会社が機器の私的な利用を通常黙認していたことも、解雇無効とされた理由の一つでした。したがって、トラブルを起こした従業員に対しては、迅速に注意したり始末書を書かせたりするという実績を残す必要があります。そうしていれば、この事件の結末も違っていたかもしれません。
退職手当に関する事項
退職手当については、必ず定めなければならないものではありません。労働条件通知書に従います。ただし、就業規則がなくても慣例として、過去に退職した人が退職手当を支給されていた場合、その例に倣って支給すべき場合もあります。これまでに退職手当を支給した人がいなかったかどうか、会社側も確認しておく必要があります。
臨時の賃金(賞与)、最低賃金額に関する事項
これも必ず定めなければならないものではありません。労働条件通知書には賞与つまり臨時の賃金について記載されているでしょうか。賞与があると定めていても、その額や支給の有無は、原則として事業主が任意に決定できるものです。就業規則がなく、賞与の支給基準が明確に示されていない状態で、賞与を請求するのは難しいことでしょう。
また、賃金について、最低賃金額に反していないかが争われることがあります。賃金のうち基本給の額を実労働時間で割り、都道府県ごとの最低賃金額と比較してみてください。
賞与に関する判例をご紹介しますと、昭和57年10月7日の「大和銀行事件」があります。これは、賞与の査定期間には在籍していたものの賞与支給日には退職していた労働者について、賞与を支払うべきかどうかという裁判です。
結論から言うと、賞与は支給されませんでした。この判決内で、賞与は労働の対価である賃金とは異なる、と明示されました。賞与は支給の都度、使用者の決定などにより確定するものであり、労働者が権利を主張するのは難しいと言えます。
食費、作業用品などの負担に関する事項
必ず定めなければならないものではありません。食費や作業用品にかかる代金の負担の有無や、負担する場合の金額について、定めがあるでしょうか。
安全衛生に関する事項
必ず定めなければならないものではありませんが、健康診断については、雇い入れ時と年に1度受けさせることが労働安全衛生法で決まっていますので、就業規則がなくても受けさせなければなりません。
職業訓練に関する事項
必ず定めなければならないものではありません。職業訓練の種類と内容について、他の労働者と同様のものを受けることが慣例になっていれば、それに従います。
災害補償、業務外の傷病扶助に関する事項
必ず定めなければならないものではありません。災害補償や業務外の傷病扶助に対する福利厚生として、会社全体として何らかの補償制度に加入することが慣例になっているなら、それに従います。
表彰、制裁に関する事項
必ず定めなければならないものではありません。特に表彰については、従業員10人未満の規模であれば、制度がないことも多いでしょう。
ですが制裁については、これを定めていないと懲戒処分が下せないことになります。具体的な懲戒事由と手順を定めておかなければならず、そうしておかないと、会社への迷惑行為をした従業員が制裁に反発して争うことも考えられます。
懲戒処分の事由とその程度については範囲が広くなりますので、就業規則の中で定めるのが一般的です。労働条件通知書にも就業規則にも定めがない場合、問題を起こした従業員に制裁を科すことはできません。制裁の根拠がないというリスクを抱えないよう、ご注意ください。
判例として、平成10年5月29日の「日本コンベンションサービス事件」をご紹介します。この事件で会社は、従業員に一般的に周知されていなかった就業規則に基づいて、退職金不支給という制裁を科したのですが、その効果が否定されました。
その他全労働者に適用される事項
試用期間や、配置転換の有無などについては、労働条件通知書で明示されているかもしれませんので、それに従います。全労働者に適用される事項のうち、問題になりやすいのは休職です。私傷病が原因で労務不能になった場合、解雇してしまうと解雇権の濫用となりかねません。
しかし出勤できない者をずっと在籍させておくのも会社にとって負担です。それでその都度、休職の期限を具体的に決め、その時点で復職できない場合には退職することで納得いただけるよう、ご本人と話し合ってください。それ以外の点については、労働条件通知書に記載があるかどうか確認してください。
まとめ
労働条件通知書には、個々の労働者を対象にしたものであり、労働契約の重要な部分が分かるよう、簡潔なものにする必要があります。そのため、全従業員に適用される内容は、多くの場合、就業規則に委ねられています。就業規則がない場合には労働基準法その他の法令に従うことになりますが、あらゆるケースを法律がカバーしているわけではありません。ルール作りが問題を未然に防ぐことを念頭に置きましょう。
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