海外勤務社員のための医療保険のポイントと労務チームのToDoリスト

執筆: 『人事労務の基礎知識』編集部 |

海外に赴任する社員の健康面は会社としてはとても心配だと思います。万が一、どこか体調が悪くなった場合には、健康保険は日本の公的医療保険制度を活用することができるのでしょうか。公的医療保険が十分ではないとすれば、民間保険も組み合わせておくべきなのでしょうか。会社の労務担当者も海外赴任される方も事前に知っておくべき海外赴任時の医療保険の考え方とルールについて、海外赴任の労務管理に詳しい社会保険労務士の永井知子さんにお話を聞いてきました。

 

海外赴任者の医療保険の重要性

Q|まず海外赴任者の医療保険の重要性について教えてください。やはり十分な対策・配慮が大事なのでしょうか。

はい、海外赴任者の医療保険についての配慮は重要です。

海外赴任者の健康と安全を守ることが一番ですし、法的にも企業に安全配慮義務があります。海外赴任者の医療事情について配慮しておかないと、企業の安全管理体制を問われることになりかねません。また、海外での医療費はかなり高額になることもありますので、適切な保険に加入しておくことは、コストの面からも重要です。

労働安全衛生法では、海外赴任の前に、赴任者に健康診断を受けさせることを義務付けています。医療費のことだけでなく、海外という慣れない環境で仕事をする従業員のことを思えば、日ごろからしっかり健康管理をしていくことも大切です。

 

日本の医療保険を利用できるか?

Q|海外で日本国内の公的医療保険は利用できるのでしょうか?

海外での診療であっても、日本国内で保険診療として認められている治療であれば、健康保険制度は利用できます。

ただし、海外では日本の健康保険証は使えないため、いったん本人が医療費を全額支払うことになります。その後、「海外療養費支給申請書」に診療内容の明細、領収書原本、渡航期間がわかるパスポート等の写し、海外の医療機関等に情報照会することの同意書、などを添付して健康保険協会や健康保険組合へ提出します。

海外療養費制度での支給額は、日本の診療報酬制度を基準に算出されるため、海外療養費で還付される額は、実際に海外で支払った医療費の7割にならず、自己負担額が大きくなることもあります。

海外療養費制度が利用できない例は二つあります。一つは、美容整形やインプラント、先進医療など、日本国内で保険適用となっていない医療行為や薬を使用した場合です。もう一つは、療養(治療)の目的で海外へ渡航し診療を受けた場合です。

 

Q|海外での出産についてはどのような取り扱いになるのでしょうか?

出産育児一時金は海外での出産でも受給できます。ただし、通常の出産育児一時金は420,000円ですが、海外出産は産科医療補償制度の対象ではないため、出産育児一時金は、404,000円になります。

日本国内の出産の場合、出産費用と出産育児一時金を相殺する場合が多いです。

一方で海外出産では、一旦、出産費用の全額を本人が医療機関等に支払った後、健康保険協会や健康保険組合等に出産育児一時金の支給を申請することになります。

 

現地の医療期間・保険の有効性について

Q|現地の医療機関についてはどのように考えておくべきでしょうか。

海外の公的医療機関では、設備が十分ではなかったり、待ち時間が長かったりすることもあるので、国によっては現地の医療機関のみに頼ることはお勧めではありません。日本人で海外の医療機関を使用した経験のある人の意見では、「医療費が高い」「医療レベルが低い」「医療システムがわかりにくい」「言葉が通じない」などの問題がよくきかれるようです。

なお、ベトナムやカンボジアなどでは、大きな病気やケガをした場合に、その国の病院では治療が難しい場合があります。そういった場合は、タイやシンガポール、香港など医療レベルの高い国に搬送したり、日本に帰国したりして治療を受けることになります。医療レベルの高くない国に赴任する場合は、この点も考慮する必要があります。

 

Q|民間の医療保険を活用する事は有効ですか?

従業員を海外赴任させるときに、海外旅行保険に加入させる会社は多いです。短期間の出張であっても、海外旅行保険に加入することをお勧めいたします。

海外旅行保険を利用した場合、提携先の現地の医療機関で診療を受けることが可能です。このメリットは、医療レベルが比較的高い診療を受けられること、日本語が通じる医療機関もあること、保険を利用してキャッシュレスで医療が受けられるため、健康保険制度の海外療養費の申請などの面倒な手続きを省略できることなどがあげられます。

なお、歯科治療については民間保険でカバーしていないことも多いため、この場合は健康保険の海外療養費制度を利用するなど、場面に応じて使い分けることがお勧めです。

戦争などの変乱は補償対象外が一般的です。しかし、アメリカ同時多発テロ以降、日本でのテロに関する認識が変わり、多くの場合、テロに巻き込まれた場合の現地での治療費などは補償対象になります。また海外旅行保険は、荷物の破損などの補償や、24時間日本語での電話対応など、公的な医療機関にないサービスを受けられるメリットもあります。

ただし、本来は健康保険制度が利用できる治療なのに、手軽だからと海外旅行保険を使いすぎてしまい、その結果、保険会社の医療費負担が増えてしまう問題も発生しています。この場合、翌年の保険料があがってしまうこともあります。このような背景から、健康保険制度も併用する前提で、保険料を抑える海外旅行保険のプランも出ています。

 

日本国内の民間医療保険と現地の公的医療保険

Q|民間の医療保険の選び方やポイントなどあれば教えてください。

前述のように、医療レベルが高くない国、例えばベトナムやカンボジアに赴任する場合は、近隣国への搬送の費用が、どの程度カバーされているか、確認しておくと安心です。なお、海外旅行保険のパンフレットに載っているプランは一例であることも多いため、保険会社の営業の方と交渉してオーダーメイドのプランを作ることが可能なこともあります。

例えば、比較的医療レベルの高い国である、シンガポールやタイや香港などに赴任する場合は、近隣国への搬送費用の部分の補償を少し下げて、代わりに保険料を割引してもらうとか、他の補償を充実させるなどが可能なこともあります。また、海外旅行保険で実際の医療費があまりかからなかった場合は、翌年の保険料が若干割引になることもあります。

このようなことは、保険のパンフレットを見ただけではわからなかったり、見落としてしまったりすることもあるため、保険会社の営業担当とじっくり相談して、会社に合ったプランを提供してもらうことも効果的です。

 

Q|現地の公的医療保険は活用できるのでしょうか?また活用する人は多いですか?

香港を例にすると、政府の健康保険制度がないため、香港人も外国人も100%自己負担になります。医療費は高額で、例えば盲腸では50万円以上します。

よって、海外赴任している日本人の多くは民間の海外旅行保険などを利用します。現地の人も、個人で保険に加入するか、会社が社員・家族を対象に福利厚生として 付保するケースが大半になります。

その他の国で現地の健康保険に加入している海外赴任者であっても、利便性の理由により、民間の海外旅行保険や日本の健康保険制度を利用している人が多いようです。

 

 

労務担当者が意識しておくべき業務と担当

Q|国によって医療保険についてやるべき対応が変わる事はありますか?

前述のように、公的な健康保険制度がある国、ない国、それぞれです。また健康保険制度があっても、海外赴任者に加入義務があるかどうかは、地域などによりさまざまです。海外赴任者でも、公的な保険制度の加入義務がある場合は、制度を積極的に利用しない場合であっても、法令に従う必要があります。

 

 

Q|海外赴任者が初めて発生する会社の労務担当者は医療保険に関連してその他注意すべきことはありますか?

民間の海外旅行保険の加入は必須だと思っておいた方がよいでしょう。

なお海外でも業務災害・通勤災害に該当する場合は、労災保険が使えます。出張の場合は、特別な手続なしで国内の労災保険が適用できますが、海外出向の場合は、事前に特別加入の手続をしておかないと労災保険が使えないことがありますので注意が必要です。

 

医療についてのTo Do リスト

赴任前

ToDoタイトル内容
現地医療情報の収集外務省のホームページ、書籍(日本在外企業協会・海外職業訓練協会)
健康診断・歯科検診6カ月以上の赴任のときは、労働安全衛生法で健康診断を行う義務がある。また歯の治療等については、民間の保険がカバーできていない場合があるため、渡航前に治療をした方が良い場合もある。
必要に応じ予防接種渡航先の国に応じて予防摂取を行う。
持病を有しているかどうかの確認従業員が持病を持っているかどうか確認し、持病によっては、対応を検討する。
民間医療保険の加入一般的には国内の公的保険だけではなく、民間の保険に加入することが多い。
労災保険の海外特別加入手続海外渡航者にも日本の労災保険が適用できるように、海外の加入制度を活用すべき。

 

滞在中

ToDoタイトル内容
定期健康診断現地で健康診断を受ける場合もあるが、国によっては十分な健康診断を行うことができない可能性があるので、近隣諸国で診断を受けたり、日本に帰国して健康診断を受ける。その際には気兼ねなく移動できるように、特別に有給を付与するなどを検討する。
メンタルヘルスケア ストレスチェックは定期的に行う。

 

帰国後

ToDoタイトル内容
健康診断6カ月以上赴任した従業員が帰国したときは、労働安全衛生法で健康診断が義務付けられている。

 

 

事務所の紹介

 

永井知子氏(社会保険労務士)
コスモポリタン インターナショナル HRソリューションズ

一般的な社会保険事務、給与計算、労務相談、就業規則作成などの業務も多いですが、これらに加えて、外資系企業の経営者や人事担当者、従業員向けに、労働基準法や社会保険の制度などを英語で説明する機会も多いです。就業規則作成・見直しでは、海外進出企業向けの海外赴任規程にも対応しています。

おかげさまで、海外と関わる人事労務業務のエキスパートであるとの認知が広がり、外資系企業や海外進出企業向けのテーマ設定で、セミナー講師や雑誌の記事執筆などの仕事も増えてきました。本当にありがたい事だと思っています

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