固定残業代制度はスタートアップで導入できるか(第2回/全2回)

執筆: 有馬美帆 |

【連載企画】として「スタートアップの労働法」をテーマに、社労士シグナルの有馬美帆さん(特定社会保険労務士)にお話を伺いました。今回は、IT系のスタートアップでもよく使われている「固定残業代制度」(全2回)についてお送りいたします。

第2回目の今回は固定残業代の導入・運用の難易度と、よくある誤解、政府の動きと導入時の注意点についてです。

第1回「制度を活用する理由と導入によって得られる効果」

 

 

定残業代制度の導入と運用の難易度

Q|固定残業代制度の導入は難しいでしょうか?

先日お話ししたフレックスタイム制や裁量労働制に比べると、固定残業代制は導入しやすいです。導入に必要な労務管理上のながれは下記の通りです。

 

STEP1:36協定提出

STEP2:固定残業時間を決める

固定残業時間を何時間にするのかを決めます。この時、①で提出した36協定で決めた時間を超える時間を設定することはできませんので、注意が必要です。

STEP3:その手当の名称を考える

固定残業代を支給する名称を決めます。営業手当などの名称ではなく「固定残業手当」などにしましょう。営業手当などで支給している企業もありますが、紛争時には認められないケースもあります。

STEP4:固定残業手当を計算する

STEP5:雇用契約書に記載

・固定残業時間数
・固定残業手当の金額
・固定残業時間超の残業は別途割増賃金支給する

STEP6:就業規則に記載

STEP7:従業員の合意をとる

 

Q|固定残業代制度の導入後の運用は大変ですか?

労務担当者や専門家がいれば比較的簡単に運用できます。

固定残業代制度を運用するために必要なことは主に下記の3つです。

  • 毎月の給与明細に基本給と固定残業手当を分けて記載
  • 勤怠管理をする
  • 固定残業時間超の残業代を支給する

 

固定残業代制度を採用している企業であっても、勤怠管理は当然必要です。そして固定残業時間を超えて労働した時間に対しては、割増賃金を支払う必要があります。

 

定残業代制度に関する誤解とリスク

Q|固定残業代制度に対するよくある、企業がとらえがちな誤解はどういったものがありますか?

主に5つあります。

固定残業時間超の残業代も支給しなくていい

固定残業時間として設定された時間以上に働いた時間については、割増賃金を支払う必要があります。

 

勤怠管理しなくていい

先ほども少し述べましたが、勤怠管理は必要です。固定残業代制度でも、固定残業時間を超えた労働時間・深夜・休日の労働に対しては追加で割増賃金を支払う必要があります。

 

固定残業時間を何時間でも設定できる

月に100hも200hも固定残業時間を設定はできません。36協定で定めた時間が上限です。

 

手当の名称はなんでもいい

「営業手当」や「職務手当」など実態と乖離した名称で固定残業代を支払うことは、固定残業代として認められないリスクを高めます。

 

基本給組込型でもいい

以前は基本給に固定残業を含めて支給する企業がありましたが、裁判での判例などを受けて、最近では基本給と固定残業代の混同を防ぐために、分けて明示することが必要とされています。

 

Q|固定残業代制度に関するリスクはどのような部分にありますか?

会社経営上の最大のリスクは未払残業代の請求だと思います。

もし固定残業代制度を適切に運用できておらず、従業員からの訴訟内容が裁判で認められれば、払うべきだった賃金を最大2年間遡って支払う義務が生じます。
最近でも、ヤマトが190億円avexが10億円の未払残業代の問題が取り上げられていました。固定残業代制度を運用すると決めたなら、しっかりと制度運用を維持することが必要だと思います。

 

「固定残業代制度=ブラック企業?」政府の捉え方は?

Q|固定残業代制度を採用している企業はブラックなイメージを持たれやすいのでしょうか?

固定残業代制度自体が法律に違反しているわけではないのですが、正直に申し上げてブラックなイメージを持たれやすい傾向にあるようです。理由としては過去に固定残業代制度を導入していた一部の企業の行為が適切ではなかったことが考えられ、そのイメージが残っているからだと思います。

 

不適切であった管理の一例として次の点が挙げられます。

・固定残業時間超の残業代を支給しない企業が多かった
・そもそも固定残業手当の計算方法が合っていなかった
・みせかけの給与は多いが、実際の基本給は低額だった

 

新卒採用では、就職を希望する学生たちの間で「固定残業代制度がある会社には、就職しないほうが無難」という情報の伝言ゲームのような噂が一部で発生しており、もしそうなった場合、結論としては新卒採用上、企業にとって不利につながる可能性も高くなります。

 

Q|「そもそも固定残業手当の計算方法が合っていなかった」とはどういうことですか?

極端な例えですが、30hの固定残業手当に対して、5万円必要なのに、1万円しか支給していなかったなどです。

 

Q|固定残業代制度に関連することで、政府は何か動きや見解を示していますか?

平成24年に裁判が行われたテックジャパン事件を受け、年々厳しくなっています。

ハローワーク求人も固定残業代制度を採用している企業の求人情報に対してチェックを厳しくしています。

 

スタートアップが固定残業代を導入する時の注意まとめ

Q|固定残業代制度を導入したいと考えているスタートアップの経営者はどういった注意が必要でしょうか。

これから固定残業代制度を導入する場合には、労働者にとっての不利益変更にならないよう配慮が必要です。残業代の削減など、支出を抑えることだけに重きをおくような偏った労務管理の意識を持ち続けてしまうと、それが従業員にも伝わり、不信感を抱かれかねません。

 

また、固定残業代制度を導入したとしても適正な労働時間の管理は不可欠であり、固定時間分を超えた残業代を誤魔化す様な対応をすれば、貴重な労働力を退職というかたちで失ってしまったり、未払い残業代請求として返ってきてしまうことも起こり得るのです。

 

導入を検討するスタートアップの経営者の皆さんは、本記事でご説明したルールを守って導入していただければと思います。

 

※今回の記事は、平成29年5月1日の法令施行分までを対象としたものです。