就業規則の作り方
執筆: 『人事労務の基礎知識』編集部 | |
就業規則については、労働基準法で、10人以上の労働者を雇用している事業場に作成義務が課されています。作成した就業規則は、労働基準監督署に届け出なければなりません。
ただ、10人未満の事業場であれば作成しなくていいかというと、そうではありません。法律上の義務はありませんが、小さな事業場でも就業規則は作成しておくことをお勧めします。
なぜなら2016年にも、某病院や某農協で残業代の未払いが数億円に上るという報道がありましたが、近年の長引く不況のため、労働者も身を守るために必死で残業時間の記録の仕方、有給休暇の取得、退職金などについて権利を主張する労働者が年々増えています。長年勤めてくれた従業員からそのような主張をされて、「あんなことを言う人ではなかったのに…」と社長が嘆くケースに、労働基準監督署の職員たちも立ち会っているそうです。ですから、会社のルールをきちんと定め、労働者の権利と義務を明確にする必要があります。そのようにしていれば、争いが生じた時にもそのルールに基づいて解決できますし、従業員が安心して働けるので、そもそも争いが起きないことでしょう。
利用シーン
作成した就業規則を利用する場面としては、どんなものがあるでしょうか。まず、作成した就業規則は従業員へ公開しなければなりません。公開の方法は後述しますが、もし作成しても社長が保管していて従業員が読んだことがないとしたら、その就業規則は無効です。ですから、必ず公開するようにします。
これと関係がありますが、従業員の労働条件のいくつかを「就業規則で定めるところによる」とすることができます。特に新しく従業員を採用する場合、全社員に共通の事項については、雇用契約書に細かく記載するのではなく就業規則に委ねることが明快かつ簡略化できるので、望ましい方法と言えます。
最も就業規則が注目される場面と言えば、トラブルが生じた時でしょう。例えば解雇を巡って労使トラブルが生じると、必ず「就業規則には解雇についてどう定められているか」が問題になります。就業規則が法律に違反している場合は論外ですが、そうでない限り、裁判でも就業規則の定めに従って判決がくだされます。
補足情報として、助成金を活用する場合にも、就業規則が求められることがあります。助成金の中には、就業規則に様々な規定を新しく盛り込むことが条件になっているものがあります。そのような規定を確認するため、就業規則の提出が求められます。
記載事項
就業規則の内容については3つに分けることができます。
記載が必須の絶対的必要記載事項、定める場合に記載が必須の相対的必要記載事項、任意で記載することができる任意記載事項です。
1. 絶対的必要記載事項
絶対的必要記載事項として、第一に労働時間に関することが挙げられます。
始業と終業の時刻、休憩時間、休日(法定休日とそれ以外の休日)、休暇(年次有給休暇、育児休業、生理休暇など)、もし交替勤務がある場合、就業時転換については必ず定めなければなりません。
第二に賃金に関することが含まれます。
基本給や各種手当の決定方法、賃金の計算方法、賃金の支払方法、賃金の締切日、賃金の支払日、昇給(有無と、もし有りならその時期)について定めなければなりません。
第三に退職に関することを決定します。退職、解雇、定年について、その理由と手続きを明確にします。
2. 相対的必要記載事項
相対的という言葉が誤解されることがあります。これは、「書いても書かなくてもいい」という意味ではありません。「定めても定めなくてもいい。ただし、定めるなら書かなければならない」という意味です。
これは多岐にわたりますが、まず、退職手当が挙げられます。退職手当が適用される労働者の範囲、退職手当の決定・計算・支払の方法、支払の時期に関することを記載します。
次に、退職手当以外の臨時の賃金等(賞与、臨時の手当等)および最低賃金額に関することが含まれます。
また、労働者の食費、作業用品費その他の負担に関して、定める会社もあるでしょう。
さらに、安全および衛生に関すること、また職業訓練に関することも、事業場によって定めが異なります。
加えて、災害補償及び業務外の負傷や病気の扶助に関することも記載します。会社として外部の保険に加入しているなら、そこから給付が受けられることを明記します。
そして、表彰及び制裁の種類及び程度に関することについても述べます。中小企業で、表彰制度はない場合でも、おそらく制裁については定めがあるものと思います。
以上の他に、当該事業場の労働者すべてに適用される定めがあるなら記載します。服務規定や休職規定が主なものです。
3. 任意記載事項
これは、使用者が自由に記載できる事項です。一般的には、社長の理念、就業規則の制定趣旨、根本精神の宣言、就業規則の解釈や適用に関する規定等がこれにあたります。就業規則の末尾には、附則として、施行日や改定日を記入することが多いのですが、これも任意記載事項です。
新規作成する
では、就業規則を作成し、届け出て、従業員に周知させるまでのステップを紹介します。
就業規則の作成を支援するため、モデルとなる就業規則を厚生労働省が公開しています。また、各都道府県労働局では、就業規則に関連のある各種届(就業規則届、就業規則変更届、過半数労働者の意見書、36協定)のサンプルが公開されており、作成を後押ししています。これらは、会社のコンプライアンスにも役立つものです。
まず、就業規則を作成するためには、具体的にどんなことを事前に決めておけばよいのか、厚生労働省のモデル就業規則をベースにして順番に説明します。以下は、事業場によって判断が異なる部分を中心にしています。これら以外の部分は、おそらくどの会社でもほとんど同じ文面になると思われるので省略しています。決して、これだけ記載しておけばいいという意味ではありません。
第一章 総則
ここは、最初に就業規則の目的を宣言する部分です。社長が企業理念を述べるところでもありますので、文章をよく考えていただく必要があります。
また、この総則では従業員の種類を決めておく必要があります。全員が正社員でしょうか、それともパートもいるのでしょうか。パートがいるなら、就業規則の一部(昇給、賞与、有給休暇、退職金など)は適用されないことと、その部分は個別の労働契約で決めるように規定してください。パートの就業規則については後述します。
第二章 採用、異動
採用方法は書類選考、面接、または他の方法なのかどうかを決めておきます。試用期間の長さはどのくらいか(2週間~3か月と幅があると思います)。大きな会社なら、部署異動があるかどうか。
休職の手順についてもここで定めます。後述の休暇とは別物です。おそらくほとんどの企業では休職願いを上司に出すことになるでしょうが、医師の診断書も提出させるのかどうか。無給とするならそのことを明記します。もし福利厚生の一環として、何らかの外部の保険に加入している場合には、ここに記載します。
第三章 服務規律
ここには、会社の方針・ガイドライン・ポリシーに近いものが規定されます。
まず、服装についての規定があると思います。茶髪、ピアス、マニキュア、私服はOKかどうか。
個人情報保護も最近注目されています。企業の方針と調和して、禁止事項があれば規定します。職場へのモバイル機器の持ち込みや、仕事のデータあるいは会社のパソコンの持ち帰りは許可しているかどうか。
始業と終業の時刻を決めます。労働時間の管理法についてもタイムカード、あるいはクラウドによる勤怠管理かどうかを定めます。
遅刻、早退、欠勤の場合にどのように届け出るかを決めておきます。
第四章 労働時間、休憩、休日
事業場は週44時間の特例措置対象事業場ですか。変形労働時間制を採用しますか。労働時間、休憩時間、休日がそれによって決まります。
休日については、法定休日(週1日は取らせないといけない)とそれ以外の休日に分けて考え、就業規則にもその点を明示します。一般的なのは、様々な種類の休日を挙げる中、日曜日だけその後ろに「日曜日(法定休日)」とカッコ書きすることです。
時間外、休日労働、割増賃金はおそらく法律通りかと思います。
第五章 休暇
有休は法律通りですか、それ以上付与しますか。また、時間単位の有休を認めますか(認めなくても法律違反ではありません)。
産休、母性保護の規定、育児休業、介護休暇、看護休暇は法律通りでしょうか。育児時間や生理休暇を特別に与えますか、その場合の給与はどうしますか。
慶弔休暇については会社によって多様だと思いますので、よく考える必要があります。結婚の場合、葬儀の場合、また親族の誰が対象かで異なるはずです。
第六章 賃金
賃金を構成するものについて、その内訳を説明します。特に各種手当は、給与明細を見た従業員が、それぞれの手当がどのような根拠で支給されたかを理解できなければなりません。
給与の締日と支払日を定めます。昇給する時期と賞与の時期を決めていますか。賞与の場合は、特定の日付に在籍していた者に限定しますか。
第七章 定年、退職、解雇
定年は何歳ですか、継続雇用は何歳までですか。
労働者が退職したい場合は何日前に言えばよいでしょうか。会社が労働者を解雇するのはどんな場合でしょうか。なお、懲戒解雇については第十章で規定します。
第八章 退職金
退職金の支払時期とその方法はどうなるでしょうか。退職金は高額なので、賃金のそれとは別に定めるのが普通です。
第九章 安全衛生、災害補償
ほとんど法律の規定通りとなりますが、その中でも職場に実際に適用されるものをピックアップします。
第十章 表彰、制裁
中小企業では、制度がないところも多いですが、表彰制度はありますか。
懲戒については、その種類と、何をすればどの懲戒を受けることになるか事前に決めておかなければなりません。この点を明確にし、従業員に責任ある行動をとってもらう必要があります。当然のこととして、遅刻や欠席、飲酒運転、セクハラ、個人情報や機密情報の漏洩は、程度の差こそあれ懲戒事由に該当するでしょう。また最近では、SNSなどの賢明でない利用により、会社が風評被害を受けることもあります。ですから懲戒事由の中に、「会社・従業員・顧客を誹謗中傷したり、その秘密を察知させたり、名誉棄損につながったりしかねない言動をインターネット上に書き込むこと」も含めてください。
以上、事業場によって判断が異なる部分を中心にご説明しました。これら以外は、法律の規定がほとんどそのまま当てはまることになります。
さて、こうして作成した就業規則は、①労働者の過半数で組織する労働組合がある場合には、その労働組合、②労働者の過半数で組織する労働組合がない場合には、労働者の過半数を代表する者の意見を聴かなければならず、意見書に記入してもらう必要があります。この「意見を聴く」という表現の意味ですが、同意までを求めているわけではなく、反対意見があってもその意見に拘束されません。それで、意見書に「同意します」と書かれても、「…には同意できません」や「…についても定めてください」と書かれても、就業規則の効果には問題ありません。ただし、将来のことを考えるなら、反対意見については速やかに解決し、紛争の芽を摘んでおくよう努めることが大切でしょう。
次に、就業規則に過半数労働者の意見書と就業規則届を添付して、所轄労働基準監督署に提出します。
最後に、会社は以下の方法により、就業規則を周知させる義務があります。
1. 常時、各作業場の見やすい場所に掲示、または備え付ける
2. 書面を労働者に交付する(これがお勧めです。コンビニの冊子印刷なら、一部100円~200円で作成できますので、従業員の人数分作って配布することができます)
3. 磁気テープ・磁気ディスクなどに記録し、各作業場に、この記録を常時確認できる機器を設置する
なお、就業規則の周知義務に違反すると、30万円以下の罰金刑となります。
就業規則の周知は、就業規則の要旨ではなく、全文の周知が必要です。また、就業規則は社員に周知させるまでは効力は発生しません。
ここまで完了して、就業規則はやっと完成します。
社会保険労務士に頼んだ場合の相場
以上の手続きを社会保険労務士に依頼した場合、個々のケースによって異なると思いますが、予算は20万円前後と考えていただければと思います。もしこれより安価であれば、ベースにサンプルがあって、それを少々変更して使用しているのではないかと考えられます。逆に、個々の会社の事情を丁寧にヒアリングしたり、給与体系を見直したりすることも含まれるなら、これより高額になるでしょう。
ひな形
厚生労働省がモデル就業規則を公開しています。単なるサンプルというより教材に近いので、ぜひ有効に活用してください。前述の就業規則における各章・各規定の順序も、このモデル就業規則を参考にしています。
とはいえ就業規則は、このようなインターネット上の情報をコピーして、少しだけ調整すれば使えるというものではありません。その中には、事業場によっては当てはまらない規定もあるでしょう。それでは、実際には果たせない約束をしていることになります。その点が、従業員から逆手に取られることさえあります。ですから、それぞれの事業場にピッタリの内容にするため、それなりに時間をかけていただくことになります。
もし社内での作成が困難であれば、社会保険労務士に相談することができます。
パート・アルバイトの場合の注意事項
就業規則は、その事業場で働く労働者すべての労働条件を定めるものです。ですが実際のところ、正社員とパート・アルバイトは勤務形態が異なるため(昇給、賞与、有給休暇、退職金が異なるはず)、1冊の就業規則にあらゆる種類の労働者の労働条件を記載するのは難しいと思われます。そこで、正社員に適用される就業規則とは別に、パート・アルバイトなど一部の労働者のみに適用される別個の就業規則(パート社員就業規則など)を作成することがあります。
ただし、別個の就業規則を作成する場合には正社員の就業規則に、パート・アルバイトには、一般の就業規則の適用を除外し、パート社員就業規則が適用されることを明記しなければなりません。
正社員用の就業規則しか作成していない事業場にパート・アルバイトがいる場合、その従業員にも正社員の就業規則が適用されることになり、これが問題になることがあります。例えば、出勤日数の少ないパートにも、正社員と同じ日数の有給休暇を与える必要が生じます。退職金を支払うよう求められるかもしれません。従業員の中にパートがいるなら、適切な定めをすることが必要です。
改定する場合
・手続きの全体像
就業規則の改定が必要なのはどんな時でしょうか。まず、法律が改定された場合には、それに合わせて改定する必要があります。また、助成金を受ける条件となっている場合もあるかもしれません。会社が新たな方針を決めた場合には、服務規定や懲戒規定がそれに合わせて変更される可能性があります。
どのような手続きが必要でしょうか。基本的に、作成するのと同じです。条文を変更し、過半数代表者の意見を添えて監督署に届け出て、従業員全員に周知することです。
留意すべきなのは、不利益変更には個別の同意が必要であるということです。ただしこれには例外があり、労働契約法第10条により「変更後の就業規則を労働者に周知させ、かつ、就業規則の変更が、労働者の受ける不利益の程度、労働条件の変更の必要性、変更後の就業規則の内容の相当性、労働組合等との交渉の状況その他の就業規則の変更に係る事情に照らして合理的なものであるとき」には、個別の同意を得ずに変更する事も可能です。
・社会保険労務士に頼んだ場合の相場
就業規則の改定料金の相場は3万円ほどです。これを高いと考えるか、安いと考えるかは、個人差があるかもしれません。よくあるのは、就業規則の改定が条件の一つになっている助成金がある場合に、その助成金の一部を就業規則の改定料金に充てるという方法です。そうすることで、就業規則だけでなく社内の労務管理全般に問題はないか、専門家にチェックしてもらうことができます。
まとめ
就業規則はまさに会社の法律であり、重要な文書です。この記事ではその作成手順を具体的に紹介しました。会社によって判断が分かれる項目がいくつかあるので複雑に思われるかもしれませんが、ほとんどの規定は労働基準法に基づいた、常識的な規定です。とはいえ、やはり問題になって紛争になりやすいポイントは存在しますので、専門家の支援を受けることは賢明と言えます。いずれにしても大切なのは、就業規則がないという状態を放置しないことです。すべての企業が就業規則を整備するうえで、今回の記事がお役に立てればと思います。
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