会社に損害がでたときに従業員に損害賠償請求はできるのか?

執筆: 『人事労務の基礎知識』編集部 |

予期しない損害が発生すると、会社の経営には大きなダメージとなります。外部の者の行為が原因であれば相手方に賠償請求することとなりますが、その者が自社の従業員の場合、どうなるでしょうか。難しい事態ですが、他の従業員たちからも不公平だと思われないよう、適切に対応しましょう。

損害賠償とは?労働基準法ではどうなっているか?

そもそも、損害賠償とは何でしょうか。

大辞林(三省堂)によれば、「他人に損害を与えた者がそれを塡補(てんぽ)すること。」と定義されています。

労働基準法では損害賠償について、金額を事前に定めてはならないという規定があります。ここで注意すべきなのは、損害賠償それ自体を禁じてはいない点です。
たとえば、「設備の液晶パネルを割った場合は50,000円を負担するものとする。」などの規定は無効です。ここにはどのような問題点があるでしょうか。規定を作成した時点では液晶パネルの価格は50,000円だったかもしれませんが、その後、価格が低下したかもしれません。また、ある作業者がそれを割ったとしてもその者が100パーセント悪いのではなく、残業が続いていたとか、事故の予防措置が取られていなかったとか、会社の側にもいくらかの責任があって液晶パネルが割れてしまったのかもしれません。そのような事情を考慮に入れず、一律に金額を定めることは、不合理と言えるでしょう。労働基準法ではこれらが禁止されています。

しかし、前述の辞書の定義の通り、生じた損害に対して会社が従業員に請求し、その者の責任の範囲で埋め合わせをさせることは違法ではありません。
損害賠償に似たものとして制裁があります。労働基準法では、制裁も制限されています。もし減給するときには、一回当たりの減給額は平均賃金1日分の半額以内、1支払期間に複数回にわたって減給する事案があるときは、合計額がその期間の賃金の10分の1以内であることが決められています。ですが、損害賠償と制裁は異なるということを理解しておく必要があります。

従業員に請求するには?

では、会社が従業員に対して損害賠償を求めるには、どうすればよいでしょうか。まずは本人との話し合いとなります。それでも合意に達しない場合は裁判に訴えることになりますが、注意点があります。それは、裁判所は大抵の場合、会社から従業員への賠償請求を制限する、ということです。賠償請求できるのはその従業員に故意または重大な過失があった場合に限り、その過失が通常程度の場合には責任を負わせないことが多いのです。たとえ賠償請求できる場合でも、損害の公平な分担のため、事件の内容を考慮して100パーセントの責任を負わせないことがあります。これは、一般的に従業員は会社よりも経済的に弱い立場にあること、また会社は従業員を使用して利益を得ているのだから損害を発生させるリスクも負うべきだという考え方が根拠となります。なお、使用者の責任と従業員への損害賠償請求権(求償権)については、民法に以下の条文があります。

(使用者等の責任)
第七百十五条  ある事業のために他人を使用する者は、被用者がその事業の執行について第三者に加えた損害を賠償する責任を負う。ただし、使用者が被用者の選任及びその事業の監督について相当の注意をしたとき、又は相当の注意をしても損害が生ずべきであったときは、この限りでない。
2  使用者に代わって事業を監督する者も、前項の責任を負う。
3  前二項の規定は、使用者又は監督者から被用者に対する求償権の行使を妨げない。

就業規則に損害賠償の旨を記載する場合はどうすればいい?

損害賠償に関する就業規則の記載例を以下に挙げます。

【記入例】

第◯条
社員が故意や重大な過失により会社に損害を与えた場合、会社は損害の範囲でその者に対し賠償金を請求することができる。

過失を起こした従業員の給与(給料)を払わないということはできるのか?

たとえ過失を起こした従業員がいたとしても、その者の給与から賠償金額を天引きすることはできません。損害賠償がある場合でも給与は全額支払って、それとは別で賠償請求しなければなりません。
これに関連しますが、2017年1月に都内のセブンイレブンにおいて、アルバイト店員の給与から、かぜで2日欠勤したペナルティーとして9,350円が差し引かれるという事件がありました。この店員は5日間(25時間)の勤務分として23,375円を受け取るはずでしたが、店は2日間(10時間)分の欠勤があったとして、給与明細に「ペナルティ」と手書きし、9,350円を差し引きました。店側の言い分としては、「欠勤時に代わりに働くアルバイトを探さなかったペナルティ」ということでした。
もしこれが損害賠償だったのなら、大きな問題となります。この店員の給与は実際の労働時間に対するものであり、休んだ日については無給です。その時間に他の店員が出勤したのかどうかはわかりませんが、実際に勤務した者に給与が出るのであって、店に金銭的損害は生じていないはずです。それなのに損害発生の有無に関わらず、代わりのアルバイトを探さなかったことでペナルティが課されることにより、賠償金額を事前に定めてしまっています。しかも給与からの天引きをしています。
では、このペナルティを制裁とみなすとどうなるでしょうか。制裁は1回につき1日の給与の半額、1月につき給与総額の10分の1となっていますので、今回のケースではこれが2,337.5円となり、ペナルティはこの額を超えています。ペナルティの金額が2,337円以内であれば、直ちに違法とは言えません。ただし、この制裁については就業規則で定めておく必要があります。

損害賠償の判例

ここで、一つの判例をご紹介します。茨石事件(最一小判昭51.7.8)です。
事件の概要は、石油等の輸送、販売を業とするX会社の従業員Yが、会社の業務としてタンクローリーで重油を輸送中に、同人の車両間隔不保持・前方不注意が原因で他の車両に追突する事故を起こしたというものです。この事故によって、X会社は、事故車両の修理費用等につき、約33万円の損害を被り、さらに追突した他の車両に対し、損害賠償として約8万円を支払いました。そしてX会社は、これらの合計金額41万円余りの支払いを従業員Yに求めました。ちなみに、Yは普段からタンクローリーを運転していたのではなく、この時は臨時的に乗務していました。また、事故当時のYの賃金額は月額約4万5,000円で、その勤務成績は普通以上とされています。
判決では、従業員は損害額の4分の1程度だけを負担するものとされました。根拠は以下の通りです。
「使用者が、その事業の執行につきなされた被用者の加害行為により直接損害を被り、又は使用者としての損害賠償責任を負担したことにより損害を被った場合には、使用者は、その事業の性格、規模、施設の状況、被用者の業務の内容、労働条件、勤務態度、加害行為の態様、加害行為の予防若しくは損失の分散についての使用者の配慮の程度その他諸般の事情に照らし、損害の公平な分担という見地から信義則上相当と認められる限度において、被用者に対し右損害の賠償又は求償の請求をすることができる。」
この判例は、損害賠償の減額がなされることを判例法理として確立したものです。判断の材料として、従業員の過失の内容、臨時的な業務に従事中の事故であったこと、賃金額、平素の勤務成績などを考慮しています。その結果、賠償額を4分の1に減額しました。

(リンク先掲載終了)

従業員に過失があった場合の損害賠償の割合は?

具体的に、従業員がどの程度の割合を負担するのかについて、いくつか裁判例を挙げます。

最高裁昭51年7月8日…25%(前出)
東京地裁平15年10月29日…25%
東京地裁平15年12月12日…50%
東京地裁平17年7月12日…10%
福岡地裁平20年2月26日…約7.4%
東京地裁平23年9月14日…0%(会社の責任が100%)

参考:http://www.mc-law.jp/rodo/11383/

一方、以下の裁判では従業員が100%負担するという判決が出ています。ですから、個別の事例をよく考慮したうえで、従業員がその加害行為について全面的に責任があるとみなされた場合には、賠償額が減額されることはありません。
東京地裁平11年9月30日
大阪地裁平11年11月29日
大阪地裁平14年9月11日
東京地裁平15年4月25日

従業員に損害賠償の誓約書を書かせることは違法か?

従業員の入社時に誓約書を書かせる会社もあるでしょう。たとえば、「従業員が故意または過失により会社に損害を及ぼした場合は、本人がその損害を賠償する」としているかもしれません。前述の通り、賠償額を事前に定めることは違法ですが、実際に生じた損害額の賠償を求めることは規制されていません。
したがって、上記のような条文は違法ではありません。留意していただきたいのは、この誓約書があるからといって、事故が生じた時にその全額をすぐに賠償請求できるようにはならないという点です。賠償額については、判例でも示されているように、その従業員の労働条件や就労環境、勤務態度、事故の様子、会社がその事故を予防したり損害を分散させたりするためどのくらい配慮していたかなどを考慮して、損害を公平に分担する目的で両者がよく話し合い、損害額の一部を負担させることになるでしょう。

損害賠償を保険でカバーすることはできる?

従業員が事業活動において他者に損害を与えた場合に備えて、法人向けの保険に加入することはできます。業種、売上高、支払限度額により、年間の保険料が決まることになります。このような保険を活用することにより会社が負担する賠償額を抑え、ひいては従業員に請求する賠償額も少なくすることができるでしょう。今後は個人情報の漏洩による損害賠償が増えることが懸念されますので、何らかの保険を検討することも必要かもしれません。大手の保険会社にはそのような保険商品があります。

まとめ

損害賠償の金額について事前に定めることは違法となります。実際に生じた損害について請求することは可能ですし、その旨を就業規則に定めることもできますが、従業員が全額負担することはほとんどないでしょう。とはいえ往々にして、会社が莫大な損害賠償額をちらつかせて、従業員との交渉を有利に運ぼうとすることがあります。ですが、事故の内容を十分に考慮して、公平かつ妥当な金額とすることが重要です。