役員、従業員が怪我をした場合、社会保険と雇用保険どちらを使えばいいか?
執筆: 『人事労務の基礎知識』編集部 | |
従業員がいつ怪我をするかなんて、予期できませんよね。同じ怪我なのに、起こった状況によって医療費の請求先が社会保険(健康保険)か雇用保険(労災)と、異なることはご存知でしょうか。仕事の怪我は労災と分かっていても、突然の事態に判断に困ることもありますよね。そして、役員が仕事中に怪我をした場合はどうなるのでしょうか。急な事態に慌てずにすむよう、ケースごとに解説していきます。
社会保険(健康保険)と労働保険の違い
普段病気やケガをして医療機関で受診する時は健康保険証を提出しますね。業務または通勤により負傷した場合にも、習慣でつい健康保険証で受診してしまうことがありますが要注意です。業務または通勤による怪我で健康保険を使うと全額自己負担になってしまいますよ。後日精算されるとしても、全額自己負担だと、金額も大きくなってしまいます。仕事(業務、通勤)での怪我は労災保険ということを従業員にも周知しましょう。
仕事中に怪我をした場合は?
仕事中(業務上で)怪我をした場合は、労災保険の対象となります。できれば労災保険指定医療機関で受診しましょう。受診の際には、労災である旨を医療機関に申告しましょう。「療養(補償)給付たる療養の給付請求書」を医療機関に提出すると医療費の自己負担はありません。急な事故で治療を受けた医療機関が労災保険指定医療機関でなかった場合は、ひとまず全額自己負担となります。その後、労働基準監督署に「療養(補償)給付たる療養の費用請求書」を提出すると、費用が全額支払われます。
業務上とは?
業務災害となるためには、労働者の業務上の怪我等であることが必要となります。業務上とは、業務と怪我との間に一定の因果関係(業務起因)があること、そして労働者が労働関係の下(業務遂行性)にあることが必要となります。
休憩中に怪我した場合は?
休憩時間中は業務を離れているため、通常は業務遂行性がないとして業務上災害となりませんが、会社の中にいる場合と外にいる場合、その状況によって業務災害となる場合とならない場合がありますので、事例で確認しましょう。
業務上災害と認められる事例
【会社内での怪我】
- 休憩時間に事業場構内の階段等の施設で怪我をした場合
- トイレ等の生理的必要行為に関連する怪我
社内において休憩中、会社の施設や階段等で故意ではなく怪我をした場合は業務起因性があるとみなされます。また、トイレ等の生理的必要行為に関連する行為による場合は、私的な行為ではありますが、就業中と同様、必要な行為として業務上として認定されます。
業務上災害と認められない事例
【会社内での怪我】
- 休憩時間に同僚とキャッチボールをしていて怪我をした場合
施設内の管理設備が原因の場合を除き、休憩中の私的な行為として業務起因性は認められず労災適用はできないと考えられます。
【会社外での怪我】
- 昼休みに食事のため社外に出て怪我をした場合
休憩時間については労働者の自由な行為が許されており、その間の行為は私的行為となります。事業場外施設での私的な行為として労災適用はできないと考えられます。
出張中に怪我した場合は?
出張中は、積極的な私的行為、恣意行為を除き一般的には業務遂行性を認め労災適用となります。出張時によくある事例を確認しましょう。
- 出張先が実家に近く実家で宿泊したあとは業務に従事した場合
出張中に通常の経路を逸脱した間の怪我は、業務上とはみなされませんが、翌日業務に従事した場合や通常の出張経路に復した場合の怪我は業務遂行性も回復したとして労災適用と考えられます。
通勤途中に怪我した場合は?
通勤災害はとは、就業に関し
- 住居と就業の場所との往復
- 就業の場所から他の就業の場所への移動
- 住所と就業の場所との間の往復に先行し、又は後続する住居間の移動
について合理的な経路及び方法により行うことで、業務の性質のないものです。
具体的にはどのようなケースが考えられるでしょうか。
- 会社に黙って自転車通勤した場合や、健康のためひと駅前で降りて歩いて通勤した場合
会社の規則に従わなかったことと労災の認定については別のものです。労災の認定は「客観的に合理的な通勤経路であったか」が判断の基準となります。会社に申請した通勤経路と異なっていても、極端に迂回したりするのではなく、合理的な通勤経路と認められれば労災適用の可能性はあります。
- 単身赴任中の従業員が週末に家族の住む家に帰省する途中で怪我をした場合
家族の住む家への帰省が反復・継続していた場合は、家族の住む家も「住居」として取り扱われ、合理的な経路の場合、通勤災害と認められます。
帰宅途中寄り道をして怪我した場合は?
通勤の途中で合理的な経路をそれたり(逸脱)、通勤と関係ない行為を行った(中断)後は原則として通勤となりません。
しかし、日常生活上必要な行為であって厚生労働省令で定めるものをやむを得ない事由により最小限度の範囲で行う場合には、逸脱又は中断の間を除き、合理的な経路に復した後は再び通勤となります。
【合理的な経路に復した後は再び通勤と見なされる行為】
- 日用品の購入その他これに準ずる行為
- 職業訓練、学校教育法第1条に規定する学校において行われる教育その他これらに準ずる教育訓練であって職業能力の開発向上に資するものを受ける行為
- 選挙権の行使その他これに準ずる行為
- 病院又は診療所において診察又は治療を受けることその他これに準ずる行為
その他の場合
- 会社の忘年会や運動会、社員旅行などの行事に参加して怪我をした場合
忘年会の酒席で怪我をしてしまった場合等、通常の業務を遂行していない状況下で労災と認められることはあるのでしょうか。業務としての認定をされるためには、参加が業務命令であるとか、会費が会社から出されているとか、幹事として参加したため業務の色合いが強い等の要素が必要となります。労災か迷う場合は、労働基準監督署に相談してみましょう。
役員が仕事中、通勤中に怪我をした場合は?
代表権・業務執行権を有する役員は、労災保険の対象となりません。労働者には労災保険の補償がありますが、役員が仕事中、通勤中に怪我をしてしまったら全額自己負担なのでしょうか?医療費の負担を考えただけで恐ろしいですよね。
労災保険の特別加入制度
- 役員にとっての労災保険、「特別加入制度」
従業員にとっての労災保険と同じ役割となるのが、役員が仕事中に怪我した場合に備えた「労働保険への特別加入制度」です。 - 特別加入できる役員等の範囲
- 中小事業主
- 一人親方その他の自営業者
- 保険料
保険料は給付基礎日額×365×その事業の保険料率
給付基礎日額は特別加入する役員の所得水準にあった金額を申請し、申請に基づいて労働局長が承認(決定)した金額となります。
まとめ
入社したての社員やアルバイト、パートタイマーの従業員は仕事中や通勤時に怪我をしても、それが労災保険の対象だという認識がないことが多いようです。誤って健康保険証を使用して医療機関で受診すると、労災への切り替え手続きが煩雑です。人事担当者だけではなく、従業員にも「業務災害、通勤災害は労災」と周知するようにしましょう。役員の仕事中の怪我は会社にとっても大きな痛手です。医療費負担の備えとして「労災保険の特別加入」も検討されると良いですね。
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