海外勤務中に起こった労災の取り扱いと企業の安全配慮義務のポイント
執筆: 『人事労務の基礎知識』編集部 | |
連続インタビュー企画「海外出向・赴任社員の労務管理」も今回で3回目となりました。海外に勤務する社員を支えるために、どのような労務管理が必要なのか、海外赴任規定に詳しい、社会保険労務士の永井知子さんにお話を聞いてきました。第3回の今回の記事では、海外勤務中に起こった労災の取り扱いと企業の安全配慮義務のポイントをテーマにしています。
#1 海外勤務社員はどの国の労働基準法を適用すべきか
#2 海外勤務社員のための医療保険のポイントと労務チームのToDoリスト
#3 海外勤務中に起こった労災の取り扱いと企業の安全配慮義務のポイント←今回の記事
海外勤務中の労災事例
Q|海外勤務での労災の事例には、具体的にどのようなものがあるでしょうか?
いくつかありますが、私の中で特に印象に残っているのは次のふたつです
ホットスタッフ事件(東京地裁平26.3.19)
中国出張中に会合でアルコールを大量に摂取した後で嘔吐し窒息死した事件が、業務上死亡にあたると判断された事例です。当初は労災の給付が不支給とされたのですが、中国でのビジネスカルチャーから、従業員が飲酒したことは業務の遂行に必要不可欠なものであり、嘔吐したことなどは、業務に内在する危険性が発現したもので、結果として死亡と業務との相当因果関係が認められています。
天満労働基準監督署長事件(平16.2.24)
イギリスの現地法人に出向していた大手国際貨物運輸会社の社員(当時30歳)が取引先とのトラブル処理に行き詰まり、現地法人の職場で自殺したことが、労災認定された事例です。労働時間管理がずさんな状態であり、赴任者は恒常的な長時間勤務であったこと、トラブル処理を30歳そこそこの赴任者がひとりで対応しなければいけなかったこと、等からの総合判断で労災認定されました。
企業側の補償義務はどうなるのか
Q|労災認定で給付がされれば、企業側としての補償は免れるのでしょうか?
そんなことはありません。
天満労基署長事件ではご遺族の意向で損害賠償請求はされませんでしたが、通常は、労災で業務災害として認められると、損害賠償請求訴訟が起きる可能性が高くなります。そうなると企業としては、不利な立場に置かれる可能性が高くなります。
労働契約法5条には労働者の安全への配慮として「使用者は、労働契約に伴い、労働者がその生命、身体等の安全を確保しつつ労働することができるよう、必要な配慮をするものとする」と規定されています。
労災認定等により企業の安全配慮義務違反が認められると、労働基準法上の補償責任とは別に、被災者等から事業主に対し民法上の損害賠償請求がなされることがあるわけです。(二重補填を解消するため、労働基準法に基づく補償が行われたときは、その価額分は民法による損害賠償の責を免れることができます。)
損害賠償を請求する場合の根拠としては、
・安全配慮義務違反に伴う債務不履行(民法415条)
・注意義務違反に伴う不法行為(民法709条)
・使用者等の責任(民法715条)
などが考えられます。
Q|損害賠償請求権が成立する要件にはどのようなものがあるでしょうか。
安全配慮義務違反に基づく損害賠償請求権の成立要件としては、
A) 安全配慮義務違反があること(債務不履行)
B) 損害が発生したこと
C) A・B間に因果関係があること
があげられます。
脳・心臓疾患や過労自殺など、労働災害の認定の判断が難しい場合では、業務との間の相当因果関係があるかどうか、結果の発生の予見可能性があったかどうか、結果回避義務が認められるか等が問題になります。
例えば、従業員が長時間労働や慣れない仕事でストレスを感じていることが明らかであり、なんらかの対策を取らないと危ないと思われる場合に(予見可能性)、業務の軽減やストレスの軽減などの措置を取らないで(結果回避義務)、従業員の疾病や事故、死亡などにつながってしまった場合も、会社は注意義務に違反したものとして、不法行為責任を負うことがあります。
出向転籍に関わる安全配慮義務の考え方
Q|出向などで日本の会社が直接現場で指揮命令をしていない場合も、安全配慮義務はあるのでしょうか?
出向中は、出向元の会社は直接業務の指揮命令をしていないですが、労働契約の付随義務としての安全配慮義務は存在します。
海外赴任での事例ではないですが、出向者に対し出向元と出向先の両方が安全配慮義務を負っているとした裁判例があります。
裁判例:ネットワークインフォメーションセンターほか事件(東京地裁 平成28年3月16日判決)
長時間労働により自死した従業員について、出向元と出向先、両者の代表取締役に対する安全配慮義務違反と不法行為に基づく損害賠償責任が認められた事例です。
Q|海外勤務の安全配慮義務については、どのように考えればよいでしょうか。
安全配慮義務の考え方は、事業場が国内か海外かで変わるものではありません。まず、出張については、日本の会社からの指揮命令により業務を行いますので、企業の安全配慮義務は当然に存在します。
出向についても、前述のように出向元にも労働契約の付随義務としての責任はありますので、安全配慮義務はあります。出向先が安全配慮義務を尽くしていないことを知りながら、それに対して手を打たないとか、労働者が過酷な業務に従事していた場合や、健康診断等で異常を認識したにもかかわらず労働者の健康に配慮しないことは問題になります。なお、出向先での労働時間などを全く把握していないことも問題になります。
転籍については、日本の会社からの直接の指揮命令・雇用契約はなくなりますが、転籍元の安全配慮義務等の過失が認められた裁判例(オタフクソース事件・広島地判平12.5.18)もありますので、従業員の転籍先の労働条件について等の安全配慮はやはり必要といえるでしょう。
Q|安全配慮義務は企業が責任を問われるものであって、例えば社長や上司は責任を問われないものでしょうか?
従業員の安全配慮義務違反については、使用者である会社の責任とは別に、取締役や管理職個人に対しても責任が問われることもあります。根拠法は、
・上司:民法709条 不法行為
・取締役:民法709条 不法行為、会社法429条1項 役員等の第三者に対する損害賠償責任
などになります。
前述のネットワークインフォメーションセンターほか事件でも、会社に対してだけではなく代表取締役に対しても、安全配慮義務に違反による損害賠償責任があるとされています。
富士保安警備事件(東京地裁 平成8年3月28日判決)
長時間労働による従業員の過労死について、作業内容の軽減等の措置を取らなかったことなどが安全配慮義務違反とされ、会社と連帯して取締役個人の損害賠償責任も肯定された事例。
岡山県貨物運送事件(仙台高等裁判所 平成26.6.27判決)
過重労働やパワハラによる従業員の自殺について、上司である営業所長の注意義務違反などにより、上司個人にも損害賠償責任が肯定された事例。
企業側の対策まとめ
Q|企業側の対策としては、何をすればよいでしょうか?
まずは海外出向者については、出向時点で労災保険の特別加入手続をしておくことです。労災事故が発生してから特別加入の手続をしても、手続前の労災事故については原則、労災給付はされません。裁判で、出向ではなく出張と判断されたために労災適用が認められた事例はありますが、これは特別な例と考えた方が無難です。
あとは、責任を一人に集中させないで組織で対応できるようにする、労働時間管理を行う、赴任者の安全管理・健康管理をしっかり行う、など基本的なサポート体制をしっかり構築しておくことがとても重要です。
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