海外出向・赴任社員の労務管理|海外勤務社員はどの国の労働基準法を適用すべきか専門家に聞いた
執筆: 『人事労務の基礎知識』編集部 | |
近年では海外に進出する中小企業も増えており、優秀な社員を海外に派遣して、事業の立ち上げを任せることも日々行われています。海外で勤務する社員が発生した時には、労務管理も特別注意することがたくさんあります。そこで、連続インタビュー企画「海外出向・赴任社員の労務管理」をスタートしたいと思います。海外に勤務する社員を支えるために、どのような労務管理が必要なのか、海外赴任規定に詳しい、社会保険労務士の永井知子さんにお話を聞いてきました。第1回の今回の記事では、海外勤務をしている社員に適用される労働基準法の取り扱いをテーマにしています。
Q|海外勤務の形態にはどんなパターンがありますか?
海外勤務の従業員に対しての日本の労働法の適用については、勤務の形態により大きく分かれるため、まずは勤務形態の確認が必要になります。勤務形態は、大きく分けると次の3つになります。
1. 出張 | 海外での勤務が一時的なもので、主として指揮命令を行う者が日本の企業にいて、その業務が日本の企業に所属し、その責任において行われる勤務形態。 |
2. 出向 | 日本の企業の従業員としての地位を維持しながら、現地の企業においてその指揮命令の下で就労する勤務形態。日本の企業と現地の企業との二重の労働契約が成立することになる。 |
3. 転籍 | 日本の企業との労働契約関係が終了し、新たに現地の企業との労働契約を結ぶ勤務形態。形式的には日本の企業を退職することになる。 |
ただし、これらの形態、特に出張と出向は、勤務の実態において判断されます。つまり、社内で出張辞令を出しているから必ずしも出張とみなされるわけではなく、指揮命令関係や労務管理の実態などで総合的に判断されます。
Q|海外勤務者は日本の労働基準法の適用を受けるのでしょうか?
出張や転籍の場合は比較的シンプルです。
出張:日本の労働法が適用※
転籍:現地の労働法が適用
※ただし、前述のように指揮命令関係や労務管理の実態などから、出向とみなされた場合には、出向についての解釈に当てはめます。
出向の場合は、日本または現地のどちらかで選択した法律に従います(法の適用に関する通則法 第7条)。契約書などに明確に記載されていれば、それに従うことになります。ただし、実務上は明示していないことも多いでしょうから、その場合は最も密接な関係がある地の法が適用されます(第12条の3)。また、第7条により適用すべき法が当該労働契約に最も密接な関係がある地の法以外であっても、従業員が特定の強行規定を適用すべき旨の意思表示したときは、最も密接な関係がある地の法が適用されます(第12条)。
(当事者による準拠法の選択)
第七条 法律行為の成立及び効力は、当事者が当該法律行為の当時に選択した地の法による。
(当事者による準拠法の選択がない場合)
第八条 前条の規定による選択がないときは、法律行為の成立及び効力は、当該法律行為の当時において当該法律行為に最も密接な関係がある地の法による。
(労働契約の特例)
第十二条 労働契約の成立及び効力について第七条又は第九条の規定による選択又は変更により適用すべき法が当該労働契約に最も密接な関係がある地の法以外の法である場合であっても、労働者が当該労働契約に最も密接な関係がある地の法中の特定の強行規定を適用すべき旨の意思表示したときは、当該労働契約の成立及び効力に関し、その強行規定をも適用する。
2 前項の規定の適用に当たっては、当該労働契約において労務を提供すべき地の法(その労務を提供すべき地を特定することができない場合にあっては、当該労働者を雇い入れた事業所の所在地の法。次項において同じ。)を当該労働契約に最も密接な関係がある地の法と推定する。
3 労働契約の成立及び効力について第七条の規定による選択がないときは、当該労働契約の成立及び効力については、第八条第二項の規定にかかわらず、当該労働契約において労務を提供すべき地の法を当該労働契約に最も密接な関係がある地の法と推定する。
実際に、出向の場合は現地の労働法を適用させているケースが一般的に多いです。
Q|海外の労働基準を適用する場合、どんな注意が必要でしょうか。
アジア各国では、時間外労働や休日労働の割増賃金が日本より高いところが多いです。現地で時間外・休日労働をさせる場合は、現地の法令に従って割増賃金を支払う必要があります。
A国 | B国 | C国 | D国 | E国 | |
時間外 | 雇用法適用者150% | 150% | 週休2日制の場合 | 150% | 150% |
休日 | – | 休日200% | – | 休日200% | 休日200% |
【図:各国の割増率のイメージ(※正確な最新情報は各国の法律をご参照ください。)】
なお、労働基準法の適用についてだけでなく、民法の労働契約についても留意が必要です。例えば、Aという国に出向するとした場合、現地の労働基準法だけを考慮すると、祝日の数は年間10日になります。
| 日本 | A国 |
祝日 | 年間15日 | 年間10日 |
ただし就業規則や海外赴任規程等で、日本の規定を準用している場合や、「日本の労働条件と同等とする」と明記している場合、現地の祝日数が10日であっても、労働契約を順守して、日本の祝日数である15日を与えないといけなくなります。
Q|日本で適用した36協定や裁量労働制などは現地では効力がないのでしょうか?
前述のように、日本の労働基準法が適用されるかという視点では、出向者には日本の労働基準法は適用されず、現地の労働法が優先されるケースが多いです。よって36協定や裁量労働制などの適用は、出向者に対しては難しいと思われます。
なお、海外出張の場合は、日本の会社と指揮命令関係などが正しく運用されていれば裁量労働制やみなし労働時間制も可能です。
Q|日本の基準では問題ない労働条件でも、海外だと問題があるケースはありますか?
日本では有給休暇はきちんと取得して休息を取ることが目的とされるため、残った有給休暇の買い上げを前提とした制度を作ることは、原則認められません。
しかし、例えば中国では、従業員の退職時に、会社は未消化の有給休暇を賃金報酬として支払わなければならない、と規定されています。しかも買い上げ率が高く、通常の賃金の300%だそうです。また、ベトナムでも、従業員の退職時に、会社は未使用の有給休暇を精算する義務がある、と法で定められています。
その他では中国の経済補償金の制度が有名です。これは労働契約の解除時、会社側からの提起や会社都合による解除等一定の情況において、経済補償金の支払い義務が発生する制度です。会社より従業員に提起する労働契約の解除時に一括で支払う経済上の補助と言われ、従業員の失職後の生活補償の意味合いの濃いものです。
ただし、現地の労働法は現地採用の従業員に対しては、当然に適用されますが、出向者に対しては適用されないものもあります。この辺りを日本側で完全に理解するのは難しいため、個別に現地の人事やコンサルタント等に確認が必要になります。
Q|海外勤務社員の労働条件を出向時に変更するべきなのでしょうか?
必ずしも変更の必要があるわけではないですが、海外出向することによって労働条件が下がる場合は、補てんについて検討する必要があります。
海外での生活は不便なことも多いですから、海外赴任手当やハードシップ手当※を加算するとか、家賃は会社が負担する等の手当を作っている企業も多いです。また家族を日本に残して赴任する従業員に対しては、留守宅手当などを支給している企業も多くあります。
※ハードシップ手当
海外駐在員に対して支給する手当で、生活水準・様式や社会環境、気候風土の違い等から生じる肉体的・精神的負担等を勘案して支給されるもの。一般的には、開発途上国の駐在員に支給されることが多く、生活水準が高いとされる都市に赴任する場合は、この手当がないことも多いです。
なお、従業員には、出向の後も有給休暇を引き継いで取得していただくのが理想的です。ただし、海外出向先で、有給休暇を完全に取得するのが難しいと予想され、有給休暇の残日数が消滅しそうな場合は、有給休暇の残日数を買い取りすることもあります。
転籍の場合は、日本の雇用契約を修了しますので、その際に消化しきれなかった有給休暇は引き継ぐことができないため、やはり買い取りをすることがあります。
なお、出向先での労働条件・処遇・出向期間・復職条件の定めがなく、出向命令を無効とした判例があります(日本レストランシステム)。よって出向に伴う労働条件は、赴任者に細かく明示することが必要です。
Q|海外勤務者が初めて発生する会社の労務担当者は労働基準法に関連してその他注意すべきことはありますか?
労働安全衛生法、労災保険法です。これについては、別の回でも説明しますが、出向で、労働者が現地の会社の指揮命令を受ける場合であっても、労働契約の付随義務として、日本の会社には安全配慮義務があります。
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