フレックスタイム制と裁量労働制の限界点(第3回/全3回)

執筆: 『人事労務の基礎知識』編集部 |

連載企画として、「スタートアップの労働法」をテーマに、社労士シグナル事務所の有馬美帆さん(特定社会保険労務士)にお話を伺っていきます。

今回は、全三回構成企画の最後回として、働き方の自由度を高めるために採用されやすい「フレックスタイム制」とITスタートアップではエンジニア職によく使われがちな「裁量労働制」の限界点の中で、各制度の特徴をさらに詳しく比較し、さらに政府の最新動向についてお送りいたします。

各制度の特徴をさらに詳しく比較

対象となる業務のまとめ

◇フレックスタイム制の場合

→対象業務に制限はありません。エンジニアであっても、デザイナーであっても、営業職であっても導入は制限されていません。どの業務でも導入可能です。

◇裁量労働制の場合

→適用できる業務が限定されています。専門業務型の場合には19の業務だけですし、企画業務型の場合にも業務が限定されています。

 

業務遂行の為の具体的指示・命令について

◇フレックスタイム制の場合

→指示や命令を行うことが前提として考えられています。

◇裁量労働制の場合

→原則として細かな指示や命令を行わないことが前提となっています。

つまり裁量労働制の場合には、業務の方法や時間などを細かく指示することはできませんので、その点は注意が必要です。組織規模が大きくなってくると、細かい指示や業務マニュアルが整備されてくるので、実態として裁量労働とかけ離れていく可能性が高まるかと思われます。その場合にはルールの見直しが必要となってくるでしょう。

 

勤怠管理の必要性について

◇フレックスタイム制の場合

→勤怠管理は必要です。時間外手当の支払いを月の総枠で計算することで勤怠時間の集計が楽にはなります。しかし、時間外労働に対する割増賃金は当然必要になりますので、勤怠をしっかり管理しなければいけません。

◇裁量労働制の場合

→勤怠管理は当然に必要となります。裁量労働制は、所定労働時間だけ働いたと「みなす」制度なので、勤怠管理は不要であるという誤解が多く見受けられます。

深夜労働と休日労働に対する割増賃金は支払義務があるので、勤怠管理は必要です。

 

労働時間の最大限度について

◇フレックスタイム制の場合

→通常の定時勤務の場合と同じく、月の所定労働時間+36協定の時間外労働時間が最大の限度時間となります。

◇裁量労働制の場合

→労働時間を所定通り働いたとみなす制度なので、深夜や休日部分以外の実際の労働時間の管理を従業員に任せているルールと言えます。ただし、無制限に働かせてしまうのは決して良いとは言えないため、健康的な生活が送れることを念頭に置き、異常な残業時間が継続しないように配慮しておきましょう。

 

時間外手当・深夜手当・休日手当の支払義務について

◇フレックスタイム制の場合

→全て支払義務があります。1ヶ月の所定労働時間総枠を超過して働いた部分には時間外手当を支給する必要がありますし、深夜・休日に働いた部分についても当然支払う義務があります。

◇裁量労働制の場合

→時間外手当については要件をクリアすれば支給しなくて良い場合もあります。実際には専門家とご相談されながら設計されることをおすすめします。深夜と休日の労働に対する手当は裁量労働制であっても支給が必要となりますのでご注意ください。

 

遅刻欠勤早退などの控除について

◇フレックスタイム制の場合

→遅刻欠勤早退などの不就労控除は、日で計算するのではなく月の総労働時間で計算して行います。繰り越すか、繰り越さずに支給額から控除するのかは労使協定に締結しておきます。

◇裁量労働制の場合

→遅刻欠勤早退控除はできません。

 

導入のしやすさのまとめ【フレックスタイム制】

 

◇フレックスタイム制は比較的導入しやすい

→専門家のサポートがあれば問題なく導入は実現できると思います。

導入手続きとして以下の三点が挙げられます。

①就業規則を作って、その中にフレックスの内容を盛り込んでいくこと
②フレックスタイム制について労使協定を締結すること
③従業員にフレックスタイム制の導入の合意を取得しておく

 

自社で対応するのが難しくても、社労士と相談しながら制度を導入していくことが可能です。

また導入後には、給与計算が少し複雑なため(例えば、ある従業員の労働時間が月の所定労働時間に満たない場合、繰越処理をして、翌月に不足分働くことができるような運用をしていかなければならないケースなどがあります)社労士がいれば、給与計算などを依頼することで運用を進めていくことが可能となっていくと思われます。

 

導入のしやすさまとめ【専門業務型裁量労働制】

◇裁量労働制については、導入時は慎重な検討が必要

まず大前提として業務の遂行の手段・方法・時間配分の指示を行わない状況が適用の条件として規定されています

その上で、専門業務型裁量労働制を導入できるのは法律で19の業務に限定されています。その業務に該当するかどうかの判断も難しいので、専門家と相談しながら決めることをお勧めします。

 

「⑤放送番組、映画製作のプロデューサーまたはディレクターの業務」

最近は動画メディア・動画配信を行うスタートアップも多いので、ここに該当するかどうか専門家に確認をしてみてください。

 

「①新商品または新技術の研究開発等の業務」

バイオベンチャーやロボット開発を行う業務においては該当する可能性があります。

 

「⑦システムコンサルタントの業務・⑨ゲーム用のソフトウェアの創作の業務」

IT系スタートアップでよく論点となるのは、エンジニアに専門業務型裁量労働制が適用できるのかどうかという部分ですが、仕様書などに基づく単純なコーディング作業を行うだけの業務であれば、裁量を持って開発しているとは言えません。

 

導入手続きとして以下の三点が挙げられます。

①労使協定を締結する
②それを労働基準監督署へ届け出る
③従業員に専門型裁量労働制導入の合意を取得しておく

 

導入のしやすさまとめ【企画業務型裁量労働制】

導入はかなり大変です。まず前提としては専門業務型裁量労働制と同じく、業務の遂行の手段・方法・時間配分の指示を行わない状況が適用の条件として規定されています

その上で、①事業の運営に関する事項or事業の運営に影響を及ぼす事項に関して②企画、立案、調査及び分析の業務を行う方にのみ適用することができます。

 

上記の条件が揃って導入を進める場合、

①労使委員会を設置する
②労使委員会で決議を得る
③それを書面にし労働基準監督署へ届け出る
④従業員に企画業務型裁量労働制導入の合意を取得しておく
⑤定期的に②と③をする

労使委員会を設置して、その後も運用していくのはかなり大変なため、導入は難しいとも言えます。

 

政府の最新動向

Q|政府の考え方や動向についてはどうでしょうか。

時間にとらわれない働き方

働きたい人がいること・時間給で支給することに限界があること・成果で評価するべきという声などを政府も認識している中で、年収1000万円以上の従業員に対しては時間管理に融通を利かせる制度も検討されています。将来は、時間ではなく成果で評価してもよいという制度が導入されるかもしれません。

 

経産省サイドの「柔軟な働き方」「兼業・副業」「雇用関係によらない働き方」、これらの研究や政策立案が進んでいくと、新しい「時間にとらわれない働き方」が姿を見せてくると思います。それまでは、今のシステムのメリット・デメリットを良く理解しつつ運用していくことになります。

 

健康確保

フレックスタイム制はもちろんのこと、たとえ裁量労働制であったとしても、企業に課された安全配慮義務、健康配慮義務は免れることはできません。

 

最近は「健康経営」という言葉が時代のキーワードとなりつつあります。「時間にとらわれない働き方」を推進するためにも、従業員の健康管理は欠かせないという意識を持ちましょう。
 なお、本年1月20日に出された「労働時間の適正な把握のために使用者が講ずべき措置に関するガイドライン」という厚生労働省の通達では、みなし労働時間性が適用される労働者が適用外とされていますが、そのような労働者であっても、「健康確保を図る必要があることから、使用者において適正な労働時間管理を行う責務があること。」とされたことに注意を要します。

 

 

 

※今回の記事は、平成29年5月1日の法令施行分までを対象としたものです。

 

事務所のご紹介

社労士シグナル 代表 有馬美帆(特定社会保険労務士) ☆業務内容紹介☆ ・問題が起こるよりも前に先回りした提案 ・各フェーズにおける適切な支援をテーマとして、 企業の成長スピードを加速させるためのパートナーを目指しています。 ☆当所へのご依頼で特に多くご好評を頂戴しているお仕事☆ ①IPOコンサルティング ②労務トラブル相談 ③就業規則作成 当事務所へのお仕事のご依頼・ご連絡先はこちら。 →info@sharoushisignal.com

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