健康的な組織を実現するために産業医は必要か?形式的ではない本物の健康経営チームの作り方
執筆: 『人事労務の基礎知識』編集部 | |
労働安全衛生法でも義務付けられている通り、常時50名以上の労働者を使用する会社では産業医を選任する必要があります。しかし、近年では健康経営の重要性がクローズアップされることも多く、単なる法律上の義務という意味だけではなく、産業医との協調による付加価値の創出も重要視されています。
今回は、「ヘルスケア経営で働くひとと組織の健康をつくる」株式会社iCARE 代表取締役であり、ご自身も産業医として活躍されている山田 洋太さんにインタビューを行いました。産業医に関して知っておくべき基本的な法律知識と、企業がどのように産業医を活用しているのか、その実態についてお話してもらいました。
産業医とは「労働災害を予防する」というミッションの達成を目指す専門家である
一般的にはそもそも産業医がどういう方なのか、知らない方も多いかと思います。まずは、産業医とはどういう方なのか簡単に教えていただいてもよろしいでしょうか。
「産業医」というと、会社のドクターというイメージがあると思います。しかし、そのイメージだと産業医のことを勘違いしてしまいます。一般の従業員の方からすれば、なんとなく会社で具合が悪くなった時に駆けつけてくれる医者かなと思っていらっしゃるかもしれません。
しかし、産業医の一番のミッションは「労働災害を防ぐ」ことです。産業医は企業のためでもあり、従業員の方のためでもあるという中立性の中でミッションを達成することを目指します。
例えば健康診断を受けて、その結果を元に具合が悪くなりそうな方に対して面接指導を行って、改善するまで状態を追いかけたりします。また勤怠やパフォーマンスが悪くなってきた方の中で、健康状態が悪くなることが予想される人を面接指導して、方向性を決めてあげたり、業務の適正化を提案したりする。このように、予防と対応を計画・実施するという役割を担っています。
なので、治療はしませんし、処方箋は出せません。あくまでも医学的見地から、働いている方の健康状態を評価して、方向性を決めていく。その結果として労働災害を防ぐという存在ですね。
産業医に健康に関する相談をしたことがある方はいらっしゃると思うのですが、健康的な組織を目指して一緒に仕事をするような関わり方をする方は少ないと思います。産業医と一緒に仕事をするのはどのような会社・部門の方なのでしょうか?
多くの方は、生涯で産業医と会うことがないかもしれません。そのため「産業医と面談をしてください」と言われると驚かれる方もいます。一方で大企業や過重労働が常態化している企業であれば、産業医との面談が「またか」と思うくらいに一般化している場合もあります。
あくまでも会社の中での従業員の健康を取り扱っているので、産業医は、人事や労務管理を担当されている方と連携して働くケースが多いですね。それ以外の部門の方と仕事をする機会はほとんどありません。
また健康的な人ほど産業医と会うことはありません。ただし、産業医は潜在的なリスクを見ているので、従業員の方が本人としては状態が悪いと思っていなくても、面談を行うことはあります。
グローバルではリスクマネジメントのために産業医を活用することがスタンダート
産業医がいない会社といる会社には、どのような違いがあるのでしょうか?産業医と契約するかどうかは各会社の任意の判断で決めていいのでしょうか?法律で決められた義務があるのでしょうか?
(株式会社iCARE 代表取締役 山田 洋太さん)
労働安全衛生法という法律によって50名以上の事業所であれば、産業医を選任しなければなりません。選任された産業医は原則として月1回、会社を訪問して巡視・職場の環境を改善する業務を行うことが義務付けられています。
世界における産業医の捉えられ方
世界で見た時に、フランスや日本のように産業医の選任を義務付けている法律は珍しく、他の国では法的な義務がないケースがほとんどです。
しかし、アメリカでも産業医は多くの企業で活躍しています。理由はシンプルで、企業のリスクヘッジのために効果的だと判断されているからです。そのリスクというのは、例えば企業の中で重要な役職についているマネジャーがいたとして、そのマネジャーが倒れてしまうと事業が吹き飛んでしまうようなケースです。
グローバル展開している企業だと、アメリカに産業医がいて、ドバイにも産業医がいて、そのマネジャーが出張する場合には、両方の産業医が許可しない限り出張が認められないというルールを設けている場合もあります。そのくらい産業医に権限をもたせて、リスクに対応しています。つまり海外では、健康状況のチェックを怠ることは企業にとって大きなリスクになるという考え方が一般的であるということです。また従業員から健康を害したことに対する訴訟を受けるリスクにも対応をしておくという考え方も根付いています。
企業のリスク・成長を考えた時に、従業員が労働するということは健康を害するものであるという前提に基づいて、産業医を活用して予防と対応をしておくことが重要視されているということですね。
どのレベルの従業員に対して産業医のサポートを提供してるかという部分では企業によってポリシーが異なります。例えばアメリカの企業では、リスクとリターンをシビアに捉えていて、一般の従業員には産業医のサポートは提供されません。あくまで影響の大きな一定の職位についているメンバーのみメディアカルチェックを行っています。
この考え方の背景として、アメリカの一般社員はそもそも残業があまりないので、健康を害するリスクは比較的低い一方で、一定の職位にいるメンバーは年棒制度が採用されており、結果を出すことにプレッシャーがかかり過労死などのリスクが増大しているということもあります。
日本の産業医の捉えられ方
日本の場合には、一般の従業員であっても残業をしているという特徴もありますし、社会性として一般従業員にも健康を維持してもらいたいという考え方があるので、法律で50名以上の規模の会社では産業医の選任が義務付けられているという背景があります。
50名未満の企業であっても、必要であれば産業医の顧問契約を行うこともよく行われていますし、産業保健センターも各地で充実していて、回数などの条件付きではありますが無料で健康相談に乗ってもらえる機関を活用される企業も多いです。
自社にメリットをもたらす産業医との出会い方
産業医を探す方法としては、どういう方法を使われている方が多いのでしょうか?
(株式会社iCARE 代表取締役 山田 洋太さん)
多くのケースでは、4つほどのパターンがあります。
1つ目は、産業医の紹介会社を活用するケースです。
2つ目は、医師会が各地域ごとにあるので、そちらで産業医を紹介してもらうケースです。
3つ目は、検診センターです。検診センターに産業医がいて、健康診断とともに産業医を紹介してもらうことができます。
4つ目は、知り合いの経営者や顧問社労士さんに産業医を紹介してもうケースです。
一番安心できるやり方は4つ目の人からの紹介かと思います。しかし、その方法が取れない場合には、地方か都会なのかによってやり方が違うかなと思います。都会であればいろいろな手法が採用できますが、地方であれば医師会を活用する方法しか取れない場合も多いです。
最近は紹介会社も地方によっては対応してくれる場合もありますが、紹介会社を活用する場合には、どういう産業医を紹介してくれるのか評価して欲しいです。
弊社でも産業医さんの紹介事業をやっています。紹介の手数料はいただいているのですが、その後のやり取りは直接やっていただいたり、サポートさせていただく場合でも中抜きはやっていないのが珍しい部分だと思います。私自身が産業医であるため、産業医が産業医を評価して、優秀な方のみをご紹介している点でもご安心いただけるかと思います。
株式会社iCAREの産業医紹介サービス「Carely 産業医パック」
▶︎公式サイトはこちら
産業医としてご活躍される中で、良い産業医としての条件はどのようなことであると思われますか?
産業医としての資質は、臨床医・精神科医として優秀であることとは関係がありません。全く別の能力が求められます。
産業医の仕事は予防の仕事です。
予防というのは、いろいろなステークホルダーが企業の中にいる中で、彼らに納得感を醸成してくための知識と技術と交渉力が重要なのです。バランス感覚が大事ということですね。
人事や上長を巻き込んで、勤怠が悪くなっている人の健康上のリスクを消していくことが役割になっていきます。つまり個人と組織の両方を見ていくことが必要です。コンサルに近いですね。
中長期的に健康を含めた人事戦略をマネジメントしてくためには本当に「できる産業医さん」がいないと無理だと思いますので、お金をかけてでもいい産業医さんを探したほうがいいです。
紹介会社に依頼すると普通は相談単価は1時間2.5万円くらいが相場ですが、本当に優秀な産業医さんだと相談単価は1時間あたり4〜5万円くらいまで高くなります。
産業医の一般的な報酬体系と具体的に提供してもらえるサービス
産業医さんにお仕事を依頼する場合どのような料金体系が一般的なのでしょうか?
産業医の料金の話の前に、厳密に言うと、産業医と認定産業医は違います。産業医というのは会社と契約して初めて産業医になります。単に資格を持っているだけでは、産業医ではなく有資格者というだけです。
そしてこの産業医として選任された時に締結する契約によって料金が確定されます。一般的には嘱託として選任するケースであれば、月1回何時間でいくらという契約を締結します。追加・延長の業務があれば料金が追加されるなどの契約も多いですね。
その相場としては先ほど説明した通り普通は相談単価は1時間2.5万円くらいが相場ですが、本当に優秀な産業医さんだと相談単価は1時間あたり4〜5万円くらいまで高くなります。
50名未満の場合には顧問契約を結んで、毎月1~2万円払っていたり、何かあった時に追加で支払いを行うようなパターンが多いです。
産業医に従業員の健康管理をお願いすると言っても、具体的にはどのようなことをやってもらうべきなのでしょうか?
産業医として契約を行うタイミングで、どういうことをやっていくのかは決まります。そのタイミングで企業側から産業医に対して明確にやってほしいことを伝えることが重要です。
まず必ず伝えるべきことが4つあります。
1つ目は不調者への対応の方法や範囲ですね。メンタルやメンタル以外の面でもそれぞれどのような対応をしてもらえるのかなどを話しておくことが必要です。
2つ目は衛生委員会への参加などについてです。衛生委員会は職場の環境を改善する上で、非常に重要な意味を持つチームです。法律上、衛生委員会を月に1回は開催する義務があるのですが、その際に医学的見地を持った産業医が参加することは重要です。当然ですが、参加についても契約で約束をしておきましょう。
3つ目は健康診断に関する取り決めです。健康診断の結果をチェックして適正配置について意見をもらえるように契約しておくことが重要です。
4つ目はストレスチェックです。ストレスチェックは多くの産業医が、運営企画をすることを嫌がったりします。法律上は産業医がやるべきであるとされているのですが、手間などを考慮して嫌がっている方もいるようですね。事前にやってもらえる方なのかどうか話しておくことが必要です。
以上の4つが、必ず話しておくべきことですが、会社の状況によってさらに追加で検討すべきこともあります。
例えば産業医が会社に訪問していない時にも、オンラインなどで相談ができるのかどうか、従業員と直接話をしてくれるのか、健康経営のためのコンサルも契約に含まれるのか、管理者研修・メンタルヘルスケア研修などの研修もサポートしてくれるのか、そしてそれぞれ料金は別設定なのかどうかなど細かい部分です。
最初の4つは必ず必要ですが、その他は状況に応じて話をしてみてください。
産業医と人事労務部で健康的な組織を生み出すための考え方
産業医を活用することで、健康的な組織作りを加速させれる場合もあれば、そうでない場合もあると思います。それぞれ要因はどんなところにあると思われますか?
要因は大きく3つあります。1つは経営者、もう一つは人事、最後に産業医ですね。
経営者の要素
経営者が健康に興味がなければ、どうしようもありません。いろいろな会社を見てきましたが、そこに問題があれば無理です。
ただし、そういった方にもタイプが二つあって、全く興味がないタイプと、ただ有効性を知らないタイプです。後者の場合には、人事が働きかけていくことによって、健康的な組織を目指すマインドに変わっていくことはよくあります。
例えば、あるでは休職者の復職率が0%だったのですが、私が産業医として支援して3年が経過し、復職率が75%まで上昇しました。これはすごい数字なのですが、要因は人事の努力であって、それを経営者に伝えることで会社全体で健康的な組織を目指すように変わってきたことにあります。
これだけエンジニアの採用が難しい状況で、復職率を大幅に改善できたことは、人材・コスト面で確実に経営を支えることができます。
一方で、健康などに興味が全くない経営者の場合、その時点では何もできることはないですが、その場合でも関係者が我慢し続けて、経営者の方のマインドが変わるまで待つことでタイプが変わることもあります。
よくある話ですが、労働基準監督署が調査に入ると大きく状況が変わり、経営者の考え方も変わるなど将来的に組織が変わっていく場面がくるはずです。
人事労務担当者の要素
次に人事労務担当者ですね。健康組織を作るためには、この人事労務の担当者が鍵を握っています。人事労務担当者が経営者と産業医を動かしていかないと、健康管理ができません。なぜなら、産業医は原則月1回の訪問ですし、通常経営者は別の業務で忙しいはずで、実働していくことはできないからです。
人事労務担当者は、事業戦略の中で、人事戦略があって、それを健康経営とからめてマネジメントしていく能力が必要となります。
またこまめに毎月の衛生委員会の進捗を追いかけていく人事労務担当者も必要です。その委員会で挙げられている課題認識などを、人事チームが理解して、人事チームが解決のプロジェクトに参加することで、経営者・産業医を本当の意味で動かしていくことができるのです。
産業医の要素
最後に産業医ですが、産業医は安かろう悪かろうで、対応が悪い人もたくさんいます。本当に健康的な組織作りを進めたいならある程度予算をとって、いい産業医に依頼することが必要です。
あくまで予防という観点で、衛生計画を綿密に立てて、、毎月計画をチェックし、特に今季はここを重点的にやって、来季はここに対処しましょうという形で、人事と一緒に計画を実行していける人でなければいけません。
今お話しした、経営者、人事労務、産業医の3つが揃わなければ、健康的な組織作りはうまくいきません。もちろんできる範囲ではありますが、それぞれがビジョンを明確にして、協調して対応していくことが必須ですね。
今後産業医に関して取り組みを始める人事労務担当者の方は、何から取り組みを始めるべきでしょうか?事前にできる準備活動などアドバイスがあればお願いいたします!
私が産業医をお願いされる際に、必ず人事の方にお聞きすることがあります。それは、「今の人事の課題はなんですか?」という質問です。
人事の方は、産業医が人事課題を解決できる存在ではないと考えているケースが多く、この質問に対する答えを準備されていないことが多いです。
ただ、事業戦略の中に人事戦略があり、その戦略上の課題を認識することは非常に重要ですし、その課題をどのように考えているのか、予算はどれくらい取れそうなのかなどがわかっていなければ、産業医を有効に活用することになりません。
その情報を整理した上で、初めてどういうタイプの産業医が必要なのかを検討することができます。例えば、従業員と対立している状況で訴訟になる可能性があるのであれば、その状況の対応に強い産業医をまずは早めにつけることが重要ですよね。
その状況を整備できれば、そのあとは事後対応ではなく、予防面を強化していくことが必要だと判断するのであれば、異なる能力を持っている産業医さんを採用することが必要が出てきます。
ですので、会社の事業戦略があり、その中にある人事戦略において、何が課題として上がっていて、具体的に今の状況はどうなっているのかを把握した上で、把握した課題の解決や改善に必要となる産業医を活用していくという考え方が前提にあると思っています。
これからの時代における産業医の必要性と役割
最後に今後の産業医の必要性や役割についてひと言お願い致します!
(株式会社iCARE 代表取締役 山田 洋太さん)
日本では産業医はいらないんじゃないかと思っている方が多いと思いますし、そういう議論が起こることは重要だと思います。しかし、産業医は必要です。歴史的に見ても、世界的に見ても、法律で義務付けられなくても、実際に多くの企業で産業医が活用されています。
この理由はシンプルで、働くということは、必ず健康を害するからです。
健康を害さない仕事は存在しません。
例えば、シフト勤務者はがんになりやすいですし、パイロットやスチュワーデスもがんになりやすいです。コールセンターの方であれば、肩こりや腰痛、心の病気になりやすいです。
すべての職業において、必ず産業に見合う疾病が生まれています。
そういった健康を害する状況に対して、どのように対応すれば、リスクを削減したり、リスクを回避できるのかということを考えることは当然に必要なのです。働くということがある限り、健康被害を予防することもセットで必要だということです。
その予防を行う上で、医学的な見地から健康を評価し、業務管理、環境管理を行うことができる産業医は必要なのです。
健康を測定して、健康を害している社員がいれば、なぜそうなったのか業務を調べて、その業務がどういう環境によって必要となったのかを調べていくと、健康を予防するための根本的な施策を検討することができます。
また産業医の知識を人事に伝えることで、人事主導で健康施策を考える力もついてきます。それによって組織の健康管理をさらに加速することにもなります。
産業医は個人と組織を健康という視点から捉えて、人事・経営者・全社員と連携して組織を作っていく存在だと思っていただければと思います。
インタビュー対象者
山田 洋太
金沢大学医学部医学科卒業後、2005年沖縄県立中部病院研修。2008年離島医療(久米島)に従事。2012年3月、慶應義塾大学大学院経営管理研究科(MBA)修了。大学院と並行して心療内科を学び、すでに2万名以上メンタルと関わる。一般内科とともに現場での診療も継続中。病院再建では経営企画室室長として黒字化に貢献。産業医としても活躍中。
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