給与所得・賃金・報酬の違いと、労働法・税法

執筆: 真島伸一郎 |

「労働法便利事典(こう書房)」「真島式社労士試験入門講座(経営書院)」「真島の年金をやっつけろ(日本法令)」など著作数は30超、累計発行部数は60万部超を誇る、社会保険労務士・真島伸一郎先生。
 

今回は真島先生に、給与計算の際に混同しがちな「給与所得」「賃金」「報酬」の違いを、労働法や税法の説明を加えながら教えていただきます。
 

★ はじめに

こんにちは。社会保険労務士の真島伸一郎です。
 

税法上の給与所得、労働法(労働基準法、労働保険)の賃金、社会保険の報酬って、似た概念なので戸惑うことがありますよね。
 

基本的には、「会社から受け取るお金」ということで「同じもの」と考えて良いですが、いろいろと相違点もあります。
 

一番大きな違いは、その「使い道」です。
 

「使い道」と言われてもピンと来ないかも知れませんが、読み進めていくうちにご理解いただけるものと思います。
 

それでは早速、おのおのの共通点や相違点をあぶりだしてみましょう。

★ 税法上の給与所得

給与所得は、所得税の額を計算する際に用いられるものです。
 

給与所得を理解するには、給与収入も併せて把握する必要があります。

  • 給与収入=会社から受け取る給料や賞与、ときには現物給与(社宅や食券など)の現金換算額の年間合計額のことです。わかりやすく言うと「年収」ですね。
  • 給与所得=給与収入から経費とみなされるもの(給与所得控除額)を差し引いたものです。このしくみにより、実際の給与より低い基準で所得税額が計算されます。計算式は次の通りです。

給与所得=給与収入-給与所得控除額

 

給与所得控除額について

給与所得を計算するために出てきた「給与所得控除額」について説明します。

会社員にも自営業者と同様に、必要経費が認められます。仕事上必要なスーツやネクタイ等の購入費などです。
 

ただし、実際に使った経費の総額ではなく、次表の通り、年収に応じて一律に認められる給与所得控除額で計算することが一般的です。
 

給与所得控除額(平成29年)

給与等の収入金額給与所得控除額
1,800,000円以下収入金額×40%
650,000円に満たない場合は650,000円
1,800,000円超3,600,000円以下収入金額×30%+180,000円
3,600,000円超6,600,000円以下収入金額×20%+540,000円
6,600,000円超10,000,000万円以下収入金額×10%+1,200,000円
10,000,000円超2,200,000円(上限)

注:実際に収入金額が660万円未満である場合には、「年末調整等のための給与所得控除後の給与等の金額の表」で給与所得の金額を求めますので、上記の計算とは若干異なる場合があります。

 

人によって控除される金額が異なる所得控除(配偶者控除、医療費控除、生命保険料控除等)とは別のものなので、混同しないようにしてください。
 

所得税額は、次の計算式で求められます。

所得税=(給与所得-所得控除額)×定められた税率

 

月々の給与計算事務は、「給与所得の源泉徴収税額表」を使って行えば良いので、上の表を覚える必要はありませんし、表中の計算を行う必要もありません。

★ 労働法(労働基準法、労働保険)の賃金

賃金は、会社から受け取る給与や賞与、ときには現物給与(社宅や食券など)の現金換算額のことです。
 

給与収入は年収のことですが、賃金は特に年収に限定されません(毎月の給与も、日雇労働者が受け取る1日分のお金も、すべて賃金です)。
 

労働基準法や労働保険料徴収法で用いられ、労働保険料徴収法においては、労働保険料算定の基礎となります。
 

労働基準法上の賃金

労働基準法は、働く人たちの権利を守る法律です。
 

 この法律において賃金は、次のように定義づけられています。

この法律で賃金とは、賃金、給料、手当、賞与その他名称の如何を問わず、労働の対償として使用者が労働者に支払うすべてのものをいう。(労働基準法第9条)

 

「使用者」は会社側、「労働者」は、働く人全般(正社員はもとより、アルバイトやパートを含む)を指します。
 

賃金とは、働いた対価(労働の対償)として会社から受け取るすべてのお金であることがわかります。
 

この法律は、労働者の大切な生活の糧である賃金が、確実に労働者の手に渡るように、使用者に対してさまざまな義務を課しています(賃金支払5原則等)。労働基準法を始めとする労働関係の諸法令のおかげで、安心して働けますね。
 

労働保険徴収法上の賃金

労働保険徴収法とは、労働保険(労災保険・雇用保険)の保険料の徴収方法を定めた法律です。この法律では賃金は、労働保険(労災保険・雇用保険)の保険料の算出に用いられます

労働保険料=賃金×保険料率(労災・雇用)

 

また、労災保険や雇用保険から支給される給付金の額の算定基礎にも使われます
 

年度更新についてご説明しておきましょう。会社(一部の建設現場などを除く)は、政府に対して、労働保険料を年に一度だけ、6月1日から7月10日の間に支払います。この手続きのことを年度更新といいます。
 

会社が従業員に支払った1年分の賃金額に保険料率を乗じて計算した労働保険料を、いったん前払いで支払い、1年後の同時期に過不足の清算をする仕組みです。これを毎年繰り返していきます。
 

雇用保険料は本人負担分がありますが、会社がいったん前払いで支払った後、本人の給料から毎月天引きされます。
 

★ 社会保険の報酬

報酬は、民法でも使われますが、基本的には社会保険(健康保険・厚生年金保険)上の概念と理解してください。

会社から受け取る給与や賞与、ときには現物給与(社宅や食券など)の現金換算額のことです。賃金と同じく、特に年収に限定されません。社会保険の保険料算定や給付金の額の基礎となります。
 

社会保険では、毎月の額面の報酬のことを「報酬月額」と呼びます。保険料の計算は、労働保険では毎月の実際の賃金を基にしますが、社会保険では、報酬月額ではなく「標準報酬月額」を用いる点がミソです。
 

だいぶややこしくなって来たので、この辺で深呼吸をしてから読み進めてください。

標準報酬月額とは

報酬月額を、一定の幅にむりやり当てはめて定めた額のことです。保険料の徴収や給付金の額の計算を楽にすることが目的です。
 

標準報酬月額は、原則として、1年に1度、7月に見直しが行われ、新標準報酬月額が9月から適用されます。この見直し手続きのことを「定時決定」と呼びます。
 

会社は、7月10日までに、従業員の4月、5月、6月の報酬月額を、全国健康保険協会や健康保険組合又は日本年金機構(以降は「保険者」と言います)に提出します。その額を基に保険者が標準報酬月額を決定します。
 

具体的な決め方としては、「3カ月間の報酬月額の平均値を取り、標準報酬月額等級表に当てはめる」です。標準報酬月額等級表は大きな表なので、全部は載せません。以下は、一部の抜粋です。
 

標準報酬月額等級表

報酬月額(円以上〜円未満)標準報酬月額(円)
~63,00058,000(健康保険法のみ)














83,000~ 93,00088,000








195,000~210,000200,000
605,000~635,000620,000
1,355,000~1,390,000(健康保険法のみ)

 

たとえば、報酬月額の平均値が195,000円の人も、205,000円の人も、標準報酬月額は同じ200,000円で決定され、その後大きな報酬の変動がない限りは、向こう1年間その額で固定されます。
 

標準報酬等級表は、健康保険法と厚生年金保険法で同じものを使いますが、上限と下限が異なっていることに注意です。
 

標準報酬月額等級表の上限と下限

上限額下限額
健康保険法1,390,000円58,000円
厚生年金保険法620,000円88,000円

 

報酬月額が1,355,000円以上の人の標準報酬月額は、健康保険法では1,390,000円ですが、厚生年金保険法では620,000円となります。
 

社会保険料は、次の計算式で計算します。

社会保険料=標準報酬月額×保険料率(健康保険・厚生年金保険)
⇒会社と本人で折半負担

 

社会保険料は、賞与にもかかります。標準報酬月額ではなく、標準賞与額を用いて計算します。
 

標準賞与額は、実際に支払った賞与の額ですが、1,000円未満の端数を切り捨てます。さらに、次の通り、限度額が設けられています。
 

標準賞与額の限度額

健康保険法573万円(年度の累計額)
厚生年金保険法150万円(1カ月当たり)

 

このようにして算出した標準賞与額に、毎月と同じ保険料率を乗じて得た額が、保険料として徴収されます。

賞与からの社会保険料=標準賞与額×保険料率(健康保険・厚生年金保険)
⇒会社と本人で折半負担

 

ちなみに、賞与は年3回までです。4回以上支払うと、それはもはや賞与とはみなされず、合計を12で除して毎月の報酬に上乗せされます。

★ まとめ

呼び名使い道
所得税法給与所得所得税額算出
労働基準法賃金労働の対償として使用者が労働者に支払う金銭の定義を明確にした。
労働保険徴収法労働保険料算出、給付金額計算の基礎
健康保険法報酬社会保険料算出、給付金額計算の基礎
厚生年金保険法

大まかの意味は同じでも、法律ごとに呼び名(所得税法:給与所得、労働基準法・労働保険徴収法:賃金、健康保険法・厚生年金保険法:報酬)と使い道が異なることを理解しましょう。
 

また、所得税、労働保険料、社会保険料各々の算出方法の違いを押さえ、実務をつつがなく行えるようにしましょう。
 

参考となる情報

★ 真島伸一郎先生の問合先

  • 事務所名:東京労務コンサルティング
  • 住所:東京都練馬区南田中2-20-38
  • 業務対応可能エリア:関東圏
  • 営業時間:月~金 9:00~17:00
  • 電話番号:03-6760-0322
  • メールアドレスinfo@tokyo-consul.jp
  • Webサイトhttp://www.tokyo-consul.jp/(「就業規則 社労士」で検索)