産業医義務のない、残り97%のための「地域産業保健センター」
執筆: 『人事労務の基礎知識』編集部 | |
ワークライフバランス(仕事と生活の調和)や働き方改革が推進されている中、「産業医」が注目されています。
2017年6月18日の日経新聞朝刊に下記のような記事が掲載されました。
厚生労働省は長時間労働や過労死を防ぐため、2019年度にも企業で働く産業医(総合2面きょうのことば)の権限を強化する。企業に対し、過重労働を抑えるためにとった対策を産業医に報告するよう義務付けたり、選任した産業医を安易に解任できない仕組みを設けたりする。産業医が専門的な立場から会社の実情に即した助言をできる環境を整え、従業員の健康管理を徹底する。
〜中略〜
産業医が意見を言いやすい環境もつくる。企業が産業医との契約を打ち切るときは理由を労働組合側に知らせる。企業に都合の悪い指摘をした産業医を簡単に解任できないようにする狙いだ。
産業医の権限強化は、政府が進める働き方改革の一環。病気と仕事の両立やメンタル不調の改善で産業医が果たす役割は大きいとしている。残業時間の上限規制や正社員と非正規の不合理な待遇差をなくす「同一労働同一賃金」などと合わせ、今秋の臨時国会に関係法案を提出する方針だ。
産業医の権限は今後より強化され、働き方改革において重要な役割を担う方向になるようです。
今回の記事では産業医についての簡単な説明と、労働者数50人未満の事業場とその労働者のための「地域産業保健センター」を紹介します。
産業医とは
常時50人以上の労働者を使用するすべての事業場では、下記の条件に合致する医師を「産業医」として選任し、労働者の健康管理等に当たらせる必要があります。産業医については労働安全衛生法第13条で定められており、養成研修・講習を修了した医師は全国で約9万人、実働は3万人程度とされています。
産業医の資格要件
医師である他、下記のいずれかを満たしている必要があります。
- 厚生労働大臣の定める研修(日本医師会の産業医学基礎研修、産業医科大学の産業医学基本講座)の修了者
- 労働衛生コンサルタント試験に合格した者で、その試験区分が保健衛生であるもの
- 大学において労働衛生に関する科目を担当する教授、助教授または常勤講師の経験のある者
- 平成10年9月末時点において、産業医としての経験が3年以上である者(経過措置)
- 健康診断及び面接指導等の実施並びにこれらの結果に基づく労働者の健康を保持するための措置に関すること
- 作業環境の維持管理に関すること
- 作業の管理に関すること
- 労働者の健康管理に関すること
- 健康教育、健康相談その他労働者の健康の保持増進を図るための措置に関すること
- 衛生教育に関すること
- 労働者の健康障害の原因の調査及び再発防止のための措置に関すること
- 定期巡視:少なくとも毎月1回作業場を巡視し、作業方法または衛生状態に有害のおそれがあるときに、直ちに、労働者の健康障害を防止するため必要な措置を講じなければなりません。
- 勧告等:労働者の健康を確保するため必要があると認めるときは、事業者に対し、労働者の健康管理等について必要な勧告をすることができます。また、労働者の健康障害の防止に関して、総括安全衛生管理者に対する勧告または衛生管理者に対する指導、助言をすることができます。
- 選任することは義務付けられておらず、努力義務です
- 常時1,000人以上の労働者を使用する事業場
- 一定の有害な業務に常時500人以上の労働者を従事させる事業場
- 常時3,001人以上の労働者を使用する事業場
- 労働者の健康管理(メンタルヘルスを含む。)に係る相談
- 健康診断の結果についての医師からの意見聴取
- 長時間労働者に対する面接指導
- 個別訪問による産業保健指導の実施
- 産業保険に関する地域情報の提供
- 労働安全衛生法に定められている健康診断で、脳・心臓疾患関係の主な検査項目(「血中脂質検査」「血圧の検査」「血糖検査」「尿中の糖の検査」「心電図検査」)に異常の所見があった労働者に対して、医師または保健師が日常生活面での指導などを行います。
- メンタルヘルス不調を自覚する労働者、定期健康診断等でストレス不調等を把握された労働者、当該労働者を使用する事業者からの相談に対して、医師または保健師が対応します。
- 健康診断の結果、「医師の診断」欄には、「異常なし」、「要観察」、「要精密検査」、「要治療」等の記入がされています。これらの「異常の所見がある」と診断された労働者については、その健康を保持するために必要な措置について医師から就業上の措置について意見を聴くことができます。(労働安全衛生法第66条の4)
- 労働安全衛生法に基づき、脳血管疾患及び虚血性心疾患等(以下「脳・心臓疾患」という。)の発症が長時間労働との関連性が強いとする医学的知見を踏まえ、脳・心臓疾患の発症を予防するため、長時間にわたる労働により疲労の蓄積した労働者に対し、医師による面接指導を行います。(労働安全衛生法第66条の8、第66条の9)。対象者は、月100時間超の時間外・休日労働を行い、疲労の蓄積が認められる者(労働者からの申出)、又は月80時間超の時間外・休日労働を行い、疲労の蓄積等が認められる者(労働者からの申出)、又は事業場で定める基準に該当する者。
- 労働安全衛生法に基づき、事業場でストレスチェックを行い、高ストレス者に選定された労働者からの申し出があった者に対し、医師による面接指導を行います。(労働安全衛生法第66条の10)(地域産業保健センターによっては、対応できない場合もあります。)
- 医師、保健師及び労働衛生工学専門員が事業場を訪問し、作業環境管理、作業管理、メンタルヘルス対策等の状況を 踏まえ、労働衛生管理について総合的な助言・指導を行います。
- 働き方改革実行計画を踏まえた今後の産業医・産業保健機能の強化について(報告)
- 東京労働局: 「総括安全衛生管理者」 「安全管理者」 「衛生管理者」 「産業医」のあらまし
- 東京労働局:Q1.労働安全衛生法では、事業場ごとに衛生管理者を選任したり、衛生委員会を設置したりすることになっていますが、そもそも事業場とはなんですか?
- 厚生労働省:『産業医の関係法令』
- 独立行政法人 労働者健康安全機構 東京産業保健総合支援センター 事業案内
- 産業保健総合支援センター一覧(全国47ヶ所)
- ストレスチェック制度開始から1年半。状況のまとめ [2017年版]
- 従業員のストレスチェック義務化。何をどうすればいい!?
- 無料のストレスチェックで、こころの叫びを聞く。
- 健康的な組織を実現するために産業医は必要か?形式的ではない本物の健康経営チームの作り方
- 心の健康づくり計画助成金、職場環境改善計画助成金とは
- 従業員が休職するときの労務手続きの流れ
- 過労死ライン突破が6割!中学教諭の勤務実態をWebディレクターが斜め上からの目線で考察する
産業医の職務
産業医による定期巡回と勧告等
産業医の選任について
労働者数が49名までの事業場
「専任」の産業医を選任する必要がある事業場
2人以上の産業医を選任する必要がある事業場
従業員数と、企業数の関係のおさらい
産業医の選任が義務付けられいない、労働者数(≒従業員数)が49名までの事業場(≒事業所)は、全体の97%以上に達しています。
従業員規模別・事業所数
総数 | 〜49名 | 50名〜 |
---|---|---|
5,911,038 | 5,744,816 | 166,222 |
100.0% | 97.2% | 2.8% |
従業員規模別・従業員数
総数 | 〜49名 | 50名〜 |
---|---|---|
58,634,315 | 35,540,666 | 23,093,649 |
100.0% | 60.6% | 39.4% |
その「残り97%以上」の会社、及び従業員が受けられる、労働安全衛生法関連の公共サービスは無いのでしょうか?
実は全国各地に「地域産業保険センター」という施設があり、そこで労働安全衛生法関連のサービスが提供されています。
地域産業保険センターは「無料」で利用可能!
労働安全法においても50名未満の事業場(≒会社)は、産業医の義務を課されていません。しかし、健康診断の実施率が低かったり、健康診断の結果にも有所見率が高い等の問題が多い状況です。
そのような状況にも関わらず、多くの50名未満の会社は経営基盤が弱い等のため、独自に産業医を確保して健康指導、健康相談等の産業保健活動を行う事が困難です。
このような事情に配慮し、地域産業保健センターが整備されています。
地域産業保健センターでは労働安全衛生法と労働安全衛生規則に基づく、下記サービスを無料で利用できます。
労働者の健康管理(メンタルヘルスを含む。)に係る相談
健康診断の結果についての医師からの意見聴取
長時間労働者に対する面接指導
個別訪問による産業保健指導の実施
関連法規則等
1996年(平成8年)の「労働安全衛生法」改正により、小規模事業所の事業者は必要な知識を有する医師等に労働者の健康管理等を行わせるよう努めること(同法第13条の2)が規定され、併せて、事業者は地域産業保健センターの利用等に努めること(労働安全衛生規則第15条の2)等が規定されています。また、健康診断結果に基づく医師等からの意見聴取や、就業場所の変更等の件診断実施後の措置(同法第66条の7)、さらに、長時間労働者に対する医師による面接指導の実施すること(同法第66条の8)等が義務付けられています。地域産業保健センターを利用することで、これらの法規に対応することが可能です。
まとめ
約97%の事業場(中小企業)は産業医の義務が無い、労働者49名までの事業場です。それらの事業場を対象に、労働者の健康管理(メンタルヘルスを含む。)に係る相談や、健康診断の結果についての医師からの意見聴取などを無料で提供する「地域産業保健センター」が全国各地に設置されています。中小企業の強い味方となりますので、積極的に利用しましょう。なお2017年6月現在、都道府県によっては利用回数の制限がある場合があります。これらの制限はセンター利用のハードルになりますので、今後撤廃されることが望ましいでしょう。
→ 東京産業保健総合支援センター地域窓口一覧
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