HR Techサービスを活用する際の労務的リスクを考察する

執筆: 『人事労務の基礎知識』編集部 |

毎回、労務に関する最新のニュース、気になる法改正などを取り上げて、社会保険労務士の寺島さんに話をお聞きするコーナーです。今回は、人事労務業務を効率化することができるHR Techのサービスについて、いくつか代表的なものを取り上げて、注意点をお話してもらいました。

 

寺島戦略社会保険労務士事務所 
代表 / 社会保険労務士 寺島 有紀

一橋大学商学部を卒業、新卒で楽天株式会社に入社後、社内規程策定、国内・海外子会社等へのローカライズ・適用などの内部統制業務や社内コンプライアンス教育等に従事。在職中に社会保険労務士国家試験に合格後、社会保険労務士事務所に勤務し、ベンチャー・中小企業から一部上場企業まで国内労働法改正対応や海外進出企業の労務アドバイザリー等に従事。
■ 寺島戦略社会保険労務士事務所 公式サイト

 

株式会社BEC
代表取締役 高谷 元悠

2013年に有限責任あずさ監査法人に入社。IPO支援、内部統制構築支援、M&A、上場企業の監査を担当。2014年に株式会社BECを創業し、代表取締役に就任。クラウド人事労務管理サービス「Gozal」を開発。

 

 

HR Techサービスとは?

高谷
昨今HR Techが話題となっています。HR Techサービスを利用することにより、人事業務の「戦略化」と「効率化」に役立てることができるため、HR Tech市場は急成長を遂げており注目が集まっていますね。

寺島
労働時間の削減や生産性の向上が叫ばれる中、こうしたHR Techを利用することにより人事領域の業務の効率化を図ろうと導入に積極的な企業も多くなっているのではないでしょうか。

 

Web会議・チャットサービスの労務的リスク

高谷
今回は、HR Techサービスを活用した働き方を進めるに当たって労務的な視点で注意すべきポイントを教えてもらえればと思います

寺島
そうですね。最近ですと、チャット形式でWeb会議ができるクラウドソフトが多く利用されています。以前はテレビ会議など高額の費用をかけて遠隔地との会議を実現するような企業が多くみられましたが、現在ではこうしたチャット形式にてグループで業務連絡や会議などを行う企業がベンチャー企業などを中心に多くなっています。

高谷
そういうサービスを利用する際に労務的に問題となりやすい点などありますか?

寺島
こうしたクラウド会議サービスを利用する企業で注意したいことは、業務連絡や会議を就業時間外に行う場合です。

裁判判例上、労働時間とは、「労働者が使用者の指揮命令下に置かれていると客観的に判断できる時間」とされています。

例えば、就業時間外にグループ会議を設定しその参加を強制する場合であれば当然に労働時間となります。一方で就業時間外、例えば休日であっても簡単な業務連絡をこうしたチャット形式で上司が部下に送るということは良くあるケースかと思います。

この場合、返信を義務付けたり、スマートフォンをONにしておくように指示している場合には労働時間とみなされる可能性が高くなります。

実際に裁判になった場合には、その業務連絡の内容や頻度等の実態を総合的に判断して労働時間かそうでないかが判断されることになりますが、「返信は休日や労働時間以外には不要」とあらかじめ周知しておけば、業務連絡があったからといって直ちに労働時間とみなされるリスクは少ないと言えます。

高谷
なるほど。社内でチャットツールなどの土日・深夜の取り扱いを整理して、共有しておくことが重要ですね。

 

ビジネスSNSと呼ばれるサービスの注意点

寺島
他のツールとして、ビジネスに特化したSNSを利用した採用活動を行っている企業が多くみられます。

シンプルなビジネス上の交流サイトに加え、旧来の「求人情報をインターネットに掲載し、求職している人と、人材を募集している会社をあっせんするサービス」とはまた別の、企業情報を載せたサイトやアプリケーションがあります。

高谷
そういうサービスって法律上はどのような取り扱いになるのでしょうか。

寺島
「求職者と求人企業をあっせんするサービス」は職業安定法上の職業紹介事業者にあたるわけですが、職業紹介ではなく、詳細な労働条件を載せずに自社に興味を持ってくれる求職者を惹きつけることによってまずは会社への興味を持ってもらおうとするようなプラットフォームサービスが出てきています。

このようなビジネスSNSを利用した採用を行う場合であっても、労働者となる者を募集しようとする場合には職業安定法上、下記の労働条件について書面の交付(求職者が希望する場合は電子メールも可)により明示する必要があります。

①業務内容
②契約期間
③就業場所
④就業時間
⑤休憩時間
⑥休日
⑦加入保険
⑧試用期間
⑨時間外労働(裁量労働制を採用している場合はその記載)
⑩賃金月給(固定残業代を採用する場合はその記載)
⑪募集者の氏名または名称、派遣労働者として雇用する場合はその旨

更に、平成30年1月1日に職業安定法が改正され、当初明示した労働条件が変更される場合は、変更内容について明示する義務が新設されたことにより一層労働者の募集の際には厳しい規制が課されることになりました。

まずは会社の雰囲気を見に来たという求職者について、ビジネスSNS上で詳細な労働条件を提示していない場合には、実際に面接という過程に入った場合には上記の条件をメールで送付する等の対応が必要です。

高谷
これからHR Techサービスを展開するスタートアップでも、注意が実用な部分ですね。

 

勤怠管理サービスについて

寺島
クラウドの勤怠管理システムもHRTechで活用が進んでいる分野です。少し前は、勤怠管理システムと言えばタイムカードという時代もありましたが、昨今PC上やクラウド上での勤怠管理が増えています。

最近のクラウド勤怠管理システムは給与計算と連動されているものもあり、従業員がWeb上で打刻した時間を基に労働時間等を計算し給与計算まで可能にしてくれるような便利なものも多くあります。Gozalさんもそうですね。

また、いわゆるパッケージソフトではなくクラウドソフトの場合には営業社員など外回りが多い社員が、会社に戻ってPC上で打刻しなくとも、外出先で退勤の打刻などを行うことが可能となるため効率的という面もあるようです。

高谷
クラウドの勤怠システムを利用する上で労務的に注意すべきことはありますか?

寺島
このようなクラウド勤怠管理サービスを利用する際に気を付けたいことは、労働時間の適正把握です。

クラウド勤怠管理といえば、ITを駆使して正確な労働時間集計が可能となるというイメージをお持ちの人事担当者も多いのですが、確かにそういった正確性の一面がある一方で、基本は従業員の打刻がベースとなっているわけです。その打刻は労働時間の実態が適正に反映されるよう行われなければなりません。

たとえば、こうしたクラウド勤怠管理サービスは、労働時間が36協定の限度時間を超えそうな社員に対しては、時間外労働を抑えるよう注意喚起のポップアップなどが出てくる機能を備えたものもあり、「時間外労働をしないと業務が終わらないが、もう今月は残業は認められない」といった社員が、勤怠管理システムで退社の打刻をしてから残業するといったことが起きる可能性もあります。

また割増時間外手当を受給したい社員については、就業時間後机に座り続け業務に関係のないネットサーフィン等で時間をつぶした後に、退勤打刻をすることも考えられます。

こうした不正確な打刻の問題は、実際にはクラウド勤怠管理システムの登場の前のタイムカードの時代からの課題です。しかし、タイムカードの打刻機であれば目に見えて周囲にもわかりやすいですが、クラウド勤怠になるとよりその打刻はプライベートなものとなり個人にしか見えにくくなるわけです。

高谷
弊社でも多くの企業で、不正確な打刻に関して不安があるというご意見をお聞きしています。