「同一労働同一賃金」の基礎知識

執筆: 田中靖子(たなかやすこ) |

同一労働同一賃金

2016年12月20日、安倍内閣が同一労働同一賃金ガイドライン案を発表して大きな話題となりました。最近ニュースで話題となっている「同一労働同一賃金」とは一体何なのでしょうか?どうして日本で導入する必要があるのでしょうか?

今回の記事では、同一労働同一賃金の制度を分かりやすく解説したうえで、日本で導入するメリットや海外でのケースについても紹介します。

「同一労働同一賃金」とは

最近ニュースでよく見かける「同一労働同一賃金」とは、一体何なのでしょうか?

同一労働同一賃金とは、「同じ内容の仕事をする人には、同じ賃金を支払うべきである」というルールです。これだけを聞いても分かりにくいので、具体的なケースで考えてみましょう。

たとえば、ファミレスでのウェイトレスの仕事を考えてみましょう。一般的なファミレスでは、社員とアルバイトが一緒に働いています。同じウェイトレスの仕事であっても、アルバイトは時給1,000円程度、正社員は月給25万円程度で働いています。

正社員はボーナスや福利厚生などの利益も受け取ることができるので、正社員の給与を時給に換算すると、およそ1,500円となります。

同じ仕事をしているにも関わらず、正社員はアルバイトよりも格段に高い給料を受け取っているのです。

どうしてこのような差が生まれるのでしょうか?

会社としては、「アルバイトはすぐに辞めてしまうかもしれないので、重要な仕事を任せることはできない」と考え、アルバイトの給料はできるだけ低く押さえようとします。一方で、正社員に対しては、「いずれは店長や経営者となり、会社の将来を担う大切な人材である」と考えるので、正社員を優遇して高い給料を支払おうというインセンティブが働きます。

しかし、「同一労働同一賃金」の制度では、このような賃金格差は許されません。

正社員であれアルバイトであれ、同じファミレスで同じウェイトレスという仕事を任せている限りは、同じ給料を支払わなければいけません。アルバイトを雇う際には、まず正社員の給料を厳密に時給に換算して、正社員の給料が時給1,500円と計算されるのであれば、アルバイトにも時給1,500円を支払わなければいけません。

なぜ今「同一労働同一賃金」が必要なのか?

それでは、どうして「同一労働同一賃金」という制度が必要なのでしょうか?

この記事を読んでいる方の中には、「派遣やアルバイトは短期間の仕事なので、正社員よりも安い給料しかもらえないのは当然ではないか?」という疑問を持つ方もいるでしょう。

確かに、アルバイトと聞くと、大学生のお小遣い稼ぎのアルバイトのように、気軽な気持ちで数ヶ月だけ働いている人もいます。

しかし、アルバイトの中には、様々な事情を抱えている人がいます。不況のために正規雇用が見つからず、生活費を稼ぐためにやむなくアルバイトを続けている人もいます。

また、出産や子育てで生活が回らなくなり、フルタイムの仕事に就きたくても就けない人もたくさんいます。健康面での心配があるため、正社員の仕事をすることができず、やむなく派遣の仕事を続けている人もいます。

このような人々は、正社員として働くことができず、何年間もアルバイトを続けなければいけません。何年間もアルバイトを続けているのに、正社員以上の給料を受け取ることはできません。正社員であれば、年功序列で基本給がどんどん上がっていくのに対し、アルバイトの時給はいつまで経っても上がりません。

アルバイトを何年間も続けていれば、仕事のスキルが上がり、作業効率も上がるのですが、時給への反映は正社員に比べて少ない場合が多いでしょう。

このように、生活費を稼ぐためにやむなく派遣やアルバイトを続けている人々は、「正社員と同じ仕事をしているのに、どうして自分だけ給料が低いのか」「新入社員として入ってきたばかりの正社員の方が、自分よりも高い給料を受け取っているのはおかしい」と不満を感じてしまいます。

しかも、アルバイトは基本給が低いだけでなく、年金や健康保険などの保障も不十分です。正社員との待遇差は広がる一方で、派遣やアルバイトの人々の不満は募るばかりです。

企業側の事情は?

企業としては、正社員として従業員を雇うと、基本給を保障しなければいけません。勤続年数が増えれば、基本給を上げ続けなければいけません。企業としては、正社員を雇うよりも、派遣やアルバイトを雇う方が、コストがかからず、都合が良いのです。

そこで、派遣やアルバイトとして長く努めてくれる人がいれば、企業としては好都合です。長期で働いている派遣やアルバイトがいる限り、非正規社員の労働環境は改善されません。

このままでは、派遣やアルバイトとして低賃金で働く人が増える一方です。正社員と非正規社員との差は広がる一方で、格差が是正されることはありません。

このような事態を重く受け止めた政府は、ついに「働き方改革」に着手しました。

安倍内閣では、「同一労働同一賃金の実現に向けた検討会」を開催し、日本で同一労働同一賃金を実現するべく議論を重ねています。2016年12月20日には、同一労働同一賃金に関するガイドライン案も発表されました。政府は、2017年も引き続き検討会を実施することを予定しており、近い将来に同制度を日本に正式に導入することを計画しています。

「同一労働同一賃金」のメリットとは?

日本で同一労働同一賃金の制度が実現すると、どのようなメリットがあるのでしょうか?

1. 給与体系の納得性・透明性を高める

同一労働同一賃金のルールのもとでは、同じ仕事を担当する従業員には、原則として同じ給料を支払わなければいけません。

従業員としては、同じ仕事をしている限りは同じ給料を受け取ることができるので、自分の給与に納得しやすくなります。学歴や年功序列によって給料に差をつけられることもないので、給与体系の透明性も高まります。

もちろん、同じ仕事を担当する従業員であっても、特別な事情があれば、会社が給与を差別化することはできます。

たとえば、「AさんもBさんも同じ病棟の看護師であり、2人とも週5日勤務である。しかし、Bさんは平日にしか出勤しないが、Aさんは土日に出勤してもらう可能性がある。Aさんの基本給を高く設定しておこう」という事情があれば、正当な理由として認められます。

ただし、このように給料に差をつける場合には、会社から従業員に対して納得のいく説明をしなければいけません。会社側に説明責任があるのです。

現在の日本では、会社が一方的に給与を設定することができるので、従業員としては、会社が決めた給与を黙って受け取るしかありません。

しかし、同一労働同一賃金のもとでは、自分と同じ仕事をしている者に対して高い給料を払っていることが発覚すれば、会社に責任追及することができます。同一労働の従業員の給料に差をつける場合には、会社側が責任を持って従業員を説得しなければいけません。

2. 格差を無くし、労働力不足を解消する

現在の日本では、少子化によって労働人口が減少しており、深刻な問題となっています。

一方で、日本の女性の中には、出産や子育てなどの家庭生活上の制約を大きく受けており、働きぶりに見合わない低い処遇を受けている人々がたくさんいます。

他にも、不況によって正規雇用に就くことができず、 その能力を発揮できていない若者や、定年後に非正規雇用として不遇な扱いを受けている高齢者がたくさんいます。

つまり、現在の日本には、「労働人口が減少している」という問題がある一方で、「働きたいのに満足に働くことができない」という人がたくさんいるのです。

この二つの問題を一気に解決するのが、「同一労働同一賃金」の制度です。同一労働同一賃金の制度が実現すれば、非正規雇用の人々の労働環境を改善することができます。非正規雇用の労働環境が改善されれば、女性や若者や高齢者などの労働者が意欲的に働くようになり、労働人口の不足が解決されます。

つまり、同一労働同一賃金の制度によって、労働人口の減少と非正規雇用の処遇改善という二つの課題を、同時に解決することができるのです。

「同一労働同一賃金」の裁判事例:海外編

ヨーロッパ諸国においては、古くから同一労働同一賃金の制度が確立されています。特にフランスでは、同一労働同一賃金のルールが厳しく適用されています。

それでは、フランスで争われた代表的な裁判例を見てみましょう。

フランスのある店舗では、正社員とアルバイトが販売担当の仕事を行っていました。両者の基本給は同じでしたが、この店舗が採用している「販売目標」が問題となり、裁判となりました。

裁判所は、同一労働同一賃金のルールを厳しく適用して、「販売目標は、勤務時間に応じて設定しなければいけない」と判断しました。

これはどういうことなのでしょうか?具体的なケースで考えてみましょう。

たとえば、あるお店で「月々の販売目標100万円を達成した場合は、ボーナス6万円を支払う」というルールを定めたとします。

フルタイムで働いている正社員は、勤務時間が長いため、この販売目標を容易に達成することができます。しかしアルバイトの場合は、勤務時間が短いため、どんなに頑張っても販売目標が100万円を超えることはなく、ボーナスを受け取ることができません。

フランスの裁判所によると、このようなケースは「同一労働同一賃金の制度に反する」のです。

もし正社員が月に150時間働いており、アルバイトが月75時間しか働いてないのであれば、アルバイトの販売目標は半分に定めなければいけません。つまり、「販売目標は50万円、ボーナスは3万円」としなければいけないのです。

もし月50時間しか働いていないアルバイトがいる場合は、「販売目標は33万円、ボーナスは2万円」としなければいけません。

つまり、基本給を同一にするだけでなく、ボーナスや諸手当についても同一に揃えなければいけないのです。

このフランスの裁判例では、「同一労働同一賃金の制度は、基本給だけ同じにすればよいというわけではなく、ボーナスや諸手当を含む総合の金額を同一にそろえなければいけない」というルールを示したものとして、大きな話題となりました。

「同一労働同一賃金」の裁判事例:日本編

現在の日本では、同一労働同一賃金の制度は導入されていません。しかし、2016年5月13日、東京地方裁判所で同一労働同一賃金に関わる裁判例が出て、世間の注目を集めました。

この判決は、定年退職したトラックの運転手に関する争いでした。

この運転手は、60才で定年退職した後に同じ会社に再雇用され、定年前と同じ内容の仕事を担当していました。しかし、仕事内容が変わらないにも関わらず、給与が下がったため、このことを運転手が不満として、裁判となりました。

裁判所は、「一度定年退職したとはいえ、同じ内容の仕事を任せているのだから、給料を下げることは許されない」と判断しました。

注意すべき点は、「この判決では、同一労働同一賃金という言葉は出てこない」ということです。表向きには、労働契約法20条違反の争いとして議論されています。

しかし、同一労働同一賃金の制度の趣旨と共通する考え方を裁判所が示したため、大きな話題となりました。

日本で導入する場合のハードルは?

安倍内閣では、同一労働同一賃金の制度を実現するべく議論を重ねていますが、日本で導入するにはいくつかのハードルがあると言われています。そのハードルの一つが、「ヨーロッパと日本の給与体系の違い」です。

ヨーロッパでは、原則として、基本給を「職務給」で支払います。

基本給を決めるときに、「どのような仕事を担当してもらうか」ということを念頭に置いて、賃金を決定するのです。つまり、元々ヨーロッパでは職務給を採用しているので、同一労働同一賃金の制度になじみやすいのです。

これに対して、日本の企業では「職能給」が採用されています。

職能給とは、「その人の能力水準に合わせて賃金を決定する」ということです。つまり、「労働者の職務を遂行する能力」を基準にして、賃金を決定するのです。労働者の能力を基準にしてお給料を支払うだけで、「実際にその人がどのような仕事を行ったか」は、関係ありません。

日本の企業では、大学院卒の新入社員と大学学部卒の新入社員について、基本給の差を設けています。企業は、「大学院で専門的な知識を身につけているので、仕事の能力が高いだろう」と考え、高い給料を支払うのです。

しかし、同一労働同一賃金のもとでは、このような差は生じません。学歴に関係なく、同じ仕事を担当させるのであれば、給料は同一にそろえなくてはいけないためです。

つまり、日本で同一労働同一賃金を実現するためには、給与体系の根本から見直す必要があります。学歴基準の給与体系を見直し、年功序列の制度を廃止しなければいけません。

安倍内閣の検討会においても、「まずは日本の賃金制度について見直すことが必要だ」ということが議論されています。

まとめ

同一労働同一賃金は、「同じ労働に対して同じ賃金を支払わなくてはいけない」というルールです。元々はヨーロッパ諸国で発展した制度ですが、日本でも安倍政権が実現化に向けて取り組んでいます。この制度が実現すれば、非正規雇用の労働環境を改善し、労働人口不足を解消するというメリットがあります。しかし、日本とEU諸国では賃金体系が根本的に異なるため、安倍政権では日本企業に見合った制度を構築するべく、現在も検討会議を重ねています。