「従業員」と「フリーランス」の違いを法律面で考える
執筆: 田中靖子(たなかやすこ) | |
日本の法律では、従業員に「有給休暇」「最低賃金」「残業代」などの制度が保障されています。これらはあくまで、会社の従業員にのみ認められる制度です。フリーランス(個人事業主)には保障されていません。
それでは、「会社の従業員」と「フリーランス(個人事業主)」の違いは何なのでしょうか?芸能人やスポーツ選手は従業員なのでしょうか?
今回の記事では、「従業員」と「フリーランス」の違いを法律面から解説します。
こちらも御覧ください:『 ウーバー(Uber)が訴えられる!運転手はフリーランスか従業員か? 』
「会社の従業員」であることのメリットとは?
会社の従業員には、労働基準法が適用されます。これによって最低賃金が保障されることになり、生活が立ち行かなくなるという不安はなくなります。会社の業績が不振であっても、勤務している限りは、給料を受け取ることができます。残業をすれば残業代を受け取ることができますし、会社によっては夏と冬にボーナスを受け取ることができます。
これに対し、フリーランスには最低賃金の保障がありません。自力で仕事を見つけて、生活費を稼がなければいけません。会社が負担してくれる厚生年金も無いため、老後の保障は自分で蓄えなければいけません。
フリーランスには有給休暇もありません。もちろん好きなときに休暇を取ることができますが、休めば休むほど収入は減ってしまいます。
また、フリーランスの場合は、仕事にかかる経費を自分で負担しなければいけません。パソコン等の設備も自費で揃えなければいけませんし、オフィスを借りる場合は、自分で賃料を負担しなければいけませんし、サラリーマンの場合は、パソコンやプリンター等の諸経費は会社が負担しますし、オフィスの賃料を従業員が支払う必要もありません。
しかし、フリーランスにはメリットもあります。最大のメリットは「自由である」ということです。
出勤時間が決められていないので、好きな時間に好きなだけ働くことができます。上司から命令されて残業をする必要もありません。勤務場所も決められていないので、自宅や図書館などの好きな場所で仕事をすることができます。子供がいる人にとっては、自宅で子供の面倒を見ながら合間に仕事を進めることができるというメリットもあります。仕事が嫌になれば、いつでも辞めることができます。
「会社の従業員」とは?
このように、会社の従業員であるかフリーランスであるかによって、仕事のスタイルは大きく異なります。それでは、会社の従業員であるかフリーランスであるかは、どのように決まるのでしょうか?
労働法の裁判では、下記の項目を参考にして従業員であるかどうかを判断します。下記の項目を一つでも充たせば従業員とみなされるわけではなく、該当する項目が多ければ多いほど、従業員と認定される可能性が高くなります。
(1)「雇用契約」を締結しているかどうか
会社との間で「雇用契約」を締結している場合は、従業員であると判断されやすくなります。個別の仕事ごとに「業務委託契約」を締結している場合は、フリーランスであると判断される可能性が高くなります。
(2)会社の指揮監督下にあるかどうか
会社から勤務時間や勤務場所を指定されている場合は、従業員である可能性が高くなります。朝礼や終礼に参加することを義務付けられている場合や、会社の作業場を使うように指示されている場合は、従業員であると判断されやすくなります。
(3)労働時間に比例して報酬が支払われるか
「1時間980円」「1日9,800円」というように、労働時間に比例して報酬が支払われている場合は、従業員であると判断されやすくなります。
これに対し、「製品が完成したら5,000円を支払う」「2,000文字の原稿を執筆したら3,000円を支払う」というように、出来高性で報酬が決定されている場合は、フリーランスである可能性が高くなります。出来高制の場合は、注文者からの拘束が少なく、制作過程を自由に決定することができるため、フリーランスであると判断されやすくなるのです。
(4)他の会社の仕事を受ける自由が無いか
特定の会社の注文のみを受けていて、他社の注文を受け付けることができない場合には、特定の会社との結びつきが強いため、従業員であると判断されやすくなります。
これに対し、複数の会社からの注文を受けている場合は、特定の会社との結びつきが弱く、仕事を自由に選択できるため、フリーランスである可能性が高くなります。
芸能人は「従業員」か?
それでは、具体的なケースを考えてみましょう。テレビで活躍する俳優やタレントなどの芸能人は、会社の従業員なのでしょうか?それともフリーランスなのでしょうか?
実は、芸能人の中にも、従業員として芸能事務所に所属している人もいれば、フリーランスとして活動している人もいます。
例えば、芸能人自身が出演交渉をするのではなく、芸能プロダクションがテレビ局と出演交渉を行い、そのプロダクションの決定に芸能人が逆らうことができないのであれば、従業員と判断されます。テレビ出演の本数に関わらず、固定給で給与を受け取っている場合も、従業員であると判断されやすくなります。
このような場合、芸能プロダクションとしては、所属タレントの残業代や有給休暇を保障しなければいけません。そのタレントが売れていようがいまいが、最低賃金を支払わなければいけません。
所属タレントとしては、自由に仕事を選ぶことができないものの、自分自身で売り込みをして仕事を見つける必要はありません。もし売れなくなったとしても、最低限の生活費を受け取ることができるという安心感があります。ドラマの収録が深夜や早朝に及んだ場合には、残業代を請求することもできます。
一方、フリーランスとして活動している芸能人もいます。毎月の固定給を受け取っておらず、映画やCMに出演する仕事の量によって報酬が支払われている場合や、芸能プロダクションが持ってくる仕事を自由に拒否することができるのであれば、フリーランスに該当します。
このような場合、「芸能プロダクションが見つけてくる仕事を拒否できる」という自由がある一方で、「仕事が無くなれば収入は入ってこなくなる」というデメリットがあります。生活費を稼ぐためには、自分自身でテレビ局に売り込んで仕事を見つけなければいけません。
スポーツ選手は「従業員」か?
プロ野球の1軍で活躍する選手は、高額な年俸を受け取っています。その年俸は、前年度の成績や今年度の調子によって決定されます。勤務時間によって支払われるものではありません。また、試合で好成績を残している限りは、練習内容やオフシーズンの過ごし方についても自由に決定することができます。自由にスポンサーと契約を結び、試合で使用するバットやグローブも自分で選ぶことができます。
このように、勤務スタイルを自由に決定することができるスポーツ選手は、フリーランスに該当します。最低賃金の保障はありませんし、残業代を請求することもできません。ケガをして試合に出れなくなれば、給料はゼロになります。
一方、労働時間によって給与が決まるスポーツ選手も存在します。このような選手は、練習時間や練習場所が会社によって指定されます。自由にスポンサー契約を結ぶこともできません。
このように、所属する企業から一方的な指示を受けて活動しているスポーツ選手は、会社の従業員に該当します。有給休暇を取得することができますし、夜間の試合に出場した場合には、残業代を請求することができます。ケガをして試合に出場できない期間があったとしても、最低賃金を受け取ることができます。
イギリスで行われたウーバーの裁判
2016年10月、イギリスの裁判所でフリーランスに関する画期的な判決が下されました。民間タクシーを運営するウーバー社に対して、「タクシーのドライバーは、フリーランスではなく、従業員である。有給休暇や最低賃金を保障しなければいけない」という内容でした。
ウーバーが運営する民間タクシーには、専門的なドライバーが所属していません。多くのドライバーは、通常はサラリーマンとして働いており、仕事の合間にウーバーのドライバーとして活動しています。子育ての合間にドライバーとして働いている主婦もいます。
イギリスで判決が出るまでは、「ドライバーはフリーランスである」という考えが一般的でした。ウーバーのドライバーは、好きな時間に好きな場所で働くことができます。会社がノルマを課すこともありません。このような自由が保障されている以上、ドライバーはフリーランスであると考えられていました。
それにも関わらず、イギリスの裁判所は「ドライバーは従業員である」という判決を出しました。このため、世界中に大きな衝撃が走りました。
イギリスの裁判所が重視した点は、「フリーランスのドライバーであれば、走行ルートを自由に決定して、運賃も自由に決めることができるはずだ。しかしウーバーの場合は、ドライバーにこのような自由が無く、会社が決めた走行ルートで運転し、会社が決めた通りの運賃を受け取らなければいけない。会社が決めたルールによって報酬が決定されている以上、フリーランスであるとは言えない。会社の従業員である。」という点でした。
この判決によって、ウーバーのドライバーには最低賃金が保障されるようになり、有給休暇を取得することもできるようになりました。
日本でウーバー裁判が起こったら?
日本で同様の裁判が起こったとしても、ドライバーが会社の従業員であると認定される可能性は低いでしょう。ウーバーのドライバーは、他社の仕事を自由に受注することができるため、会社の指揮監督は非常に弱いと考えられます。今回のイギリスの裁判は、あくまでイギリス国内の判断にとどまり、日本で同じ判決が出される可能性は低いでしょう。
しかし、注意すべきことがあります。安倍首相は「働き方改革」を提唱しており、フリーランスの保護を強化する方向に動いています。現在の日本では、多くのフリーランスが活躍していますが、収入は不安定であり、福利厚生を受けることもできません。安倍首相は、今後フリーランスを積極的に活用することを計画しており、これを受けて、経済産業省ではフリーランスを保護する政策に取り組んでいます。
現在の日本ではフリーランスの保護は十分ではありませんが、今後「働き方改革」が進めば、イギリスと同じように日本のフリーランスにも最低賃金や有給休暇の制度が適用される日が来るかもしれません。
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