ウーバー(Uber)が訴えられる!運転手はフリーランスか従業員か?

執筆: 田中靖子(たなかやすこ) |

お金の上のタクシー

2016年10月、イギリスの裁判所で画期的な判決が下されました。民間タクシーを運営するウーバー社に対して、「タクシーのドライバーは、フリーランスではなく、会社の従業員である。会社は有給休暇や最低賃金を保障しなければいけない」というものでした。

この判決のどこが画期的なのでしょうか?どうして世界中に衝撃を与えたのでしょうか?

今回の記事では、ウーバー社の裁判について分かりやすく解説します。

そもそも「ウーバー(Uber)」とは?

ウーバー(Uber)とは、アメリカで始まった「民間タクシー」のサービスです。現在では、イギリスを始めとしたヨーロッパのほかに、日本でも東京や福岡などで利用することができます。

スマホにウーバーのアプリをインストールしておけば、アプリを使って簡単にタクシーを呼び出すことができます。目的地を入力すれば、おおよその料金と時間を表示してくれるので、いわゆるぼったくりの心配が無く、安心して利用することができます。

普通のタクシーと何が違うのか?

uberのWebサイトで運転手募集中

一般のタクシー会社では、専門の運転手を従業員として雇っています。タクシーの運転手は、従業員同士でシフトを組み、会社から指定された時間に指定された地域を万遍なく回ります。タクシー会社の運転手は、会社から命令されれば深夜や早朝に勤務しなければいけません。朝礼に出席するように命じられれば、遅刻しないように指示された場所に出向かなければいけません。

しかし、ウーバーが運営する民間タクシーには、専門的なドライバーが所属していません。ウーバーのドライバーは、全て一般人です。ウーバーのドライバーとなるために特別な研修を受ける必要はありません。運転免許と車を持っている人であれば、誰でもドライバーとして登録することができます。

例えば、平日はサラリーマンとして働いており、土日だけウーバーのドライバーとして活動する人がいます。また、子育ての合間にドライバーとして働いている主婦や、大学の授業の合間にドライバーとしてお小遣い稼ぎをする大学生もいます。様々な人が、好きな時間に好きな場所でドライバーとして活動しています。

ウーバーのドライバーとして登録したからといって、会社から勤務時間を指定されることはありません。ノルマもありません。1時間でも2時間でも、好きな時間に好きな場所でドライバーとして働くことができます。

ウーバー社が訴えられる!なぜ裁判になったのか?

ウーバーのドライバーは、自分が働きたいと思ったときに、専用のアプリを立ち上げ、ドライバーモードを「オン」にして仕事を開始します。事前に勤務時間を報告する必要はありません。

ウーバーを利用したい人が近くにいれば、ドライバーがその人を迎えに行き、目的地まで運転します。目的地に到着すると、運賃を受け取ることができます。運賃の25%はウーバー社に支払わなければいけませんが、残りは報酬としてドライバーが受け取ることができます。

つまり、ウーバーのドライバーは、乗車したい人を見つけることができれば、報酬を受け取ることができます。乗客を見つけることができなければ、収入はゼロです。乗客が見つからない場合でも、ガソリン代は自分で支払わなければいけないので、運が悪ければ赤字になってしまいます。

このように、ウーバーのドライバーの収入は不安定です。このような不安定な生活を不満に思ったウーバーのドライバーたちが、「ウーバー社はドライバーの最低賃金を保障するべきだ」と主張して、集団でウーバー社を訴えました。

裁判のポイントは?

この裁判のポイントは、「ウーバーのドライバーは会社の従業員なのか?それともフリーランスなのか?」ということです。

もしウーバーのドライバーが会社の従業員であれば、会社は従業員の生活の保障をしなければいけません。最低賃金を支払わなければいけませんし、有給休暇の取得も認めなければいけません。

一方、ドライバーがフリーランス(個人事業主)であれば、報酬は出来高制で支払えばよいことになります。つまり、「ドライバーがどれだけの乗客を乗せたか」ということに応じて賃金を支払えばよいことになります。

出来高制とは、「乗客を見つけることができなかった場合には賃金を支払う必要はない」ということです。乗客を探している時間は、勤務時間には該当しないので、その間の時給を支払う必要はありません。

このように聞くと、フリーランスの場合はデメリットが大きいように感じるかもしれません。しかし、フリーランスにもメリットはあります。会社の従業員ではないので、会社の規律に従う必要はありません。朝礼や終礼に参加する義務はありませんし、自由に勤務時間を決定することができます。上司からの命令で残業をする必要もなく、好きな時間に帰宅することができます。ドライバーの仕事が嫌になれば、いつでも辞めることができます。

会社にとっても良いことがあります。フリーランスは出来高性によって収入が支払われるため、ドライバーのインセンティブが高まります。各ドライバーが乗客を見つけようと真剣に働くため、会社全体の売り上げが上がります。

裁判所の判断は?

イギリスの裁判所の判決が出るまでは、「ウーバーのドライバーはフリーランスである」という考えが一般的でした。

ウーバーのドライバーは、好きな時間に好きな場所で働くことができます。会社がノルマを課すこともありません。このような自由が保障されている以上、ドライバーはフリーランスであると考えられていたのです。

それにも関わらず、イギリスの裁判所は「ドライバーは従業員である」という判決を出しました。このため、世界中に大きな衝撃が走りました。

どうしてイギリスの裁判所は、ドライバーを従業員だと認定したのでしょうか?

イギリスの裁判所が注目した点は、「ドライバーは運賃を自由に決定することができない」という点でした。

ウーバーのサービスでは、乗客がアプリに目的地を入力すると、自動的にルートが決定されます。そのルートの距離と時間に合わせて、運賃が決定します。ドライバーは、アプリが決定したルートに従って運転しなければいけません。違反した場合にはペナルティーが設けられています。

イギリスの裁判所は、「会社が一方的に運賃を決定しており、ドライバーが乗客と交渉する余地は無い。ドライバーは会社の規律に拘束されており、自由に働いているわけではない」として、ドライバーが従業員であると認定しました。

つまり、裁判所の考え方は、「フリーランスのドライバーであれば、走行ルートを自由に決定できるはずだし、運賃も自由に決めてよいはずだ。ウーバーのドライバーにはこのような自由が無く、会社のルールに従わなければいけない。会社が決めたルールによって報酬が決定されている以上、フリーランスであるとは言えない。会社の従業員である。」ということです。

この判決によって、ウーバーのドライバーは従業員として最低賃金を受け取ることができるようになり、有給休暇も取得できるようになりました。

日本で同様の裁判が起こった場合どうなる?

最高裁判所

それでは、このような裁判が日本で行われた場合にも、同じような判断がなされるのでしょうか?

日本の裁判では、下記の項目をポイントとして会社の従業員であるかどうかを判断しています;

  1. 会社と「雇用契約」を締結しているか
  2. 会社の指揮監督下にあるか
  3. 労働時間に比例して報酬が支払われるているか
  4. 一つの会社からの仕事を専属的に受けており、他の会社の仕事を受ける自由が無いか

ウーバーのドライバーは、会社と雇用契約を締結していませんし、他社の仕事を自由に受注することができます。勤務時間や勤務場所を自由に選ぶことができるため、会社の指揮監督は弱いといえるでしょう。よって、日本で同様の裁判が起こったとしても、ドライバーが従業員だと認定される可能性は低いと考えられます。今回のイギリスの裁判は、あくまでイギリス国内の判断にとどまり、日本で同じような判決が出される可能性は低いでしょう。

しかし、注意すべきことがあります。安倍首相は「働き方改革」を提唱しており、フリーランスの保護を強化する方向に動いています。現在の日本はまだフリーランスの活躍の場が限られていますが、安倍首相は今後フリーランスを積極的に活用することを計画しています。これを受けて、経済産業省ではフリーランスを保護する政策に取り組んでいます。

現在の日本ではフリーランスの保護は弱く、イギリスの裁判所と同じ判断が出される可能性が低いといえますが、今後「働き方改革」が進めば、日本のフリーランスにも最低賃金や有給休暇の制度が適用されるようになるかもしれません。