社会保障協定の考え方を、国際派社労士・永井知子氏に聞く

執筆: 『人事労務の基礎知識』編集部 |

海外赴任規定に詳しい、特定社会保険労務士の永井知子さんに「海外出向・赴任社員の労務管理」のヒントを教えていただく連載シリーズ。

初回の「海外勤務をしている社員に適用される労働基準法の取り扱い」、前回の「海外赴任の者の社会保険適用関係」に引き続き、今回は「海外赴任の社会保障協定」ついて伺います。

社会保険労務士 永井知子さん

 

はじめに

経済のグローバル化や、国際的な交流が活発化する中、企業から派遣されて海外で働いたり、海外に移住したりする方は年々増加しています。
 
このような中で、現地の社会保障制度の加入義務の発生により、日本の社会保険料の保険料と二重に負担しなければならないケースも生じます。
 
しかし、二重に保険料を支払っても、一定の期間その国の制度に加入しなければ年金の受給権が得られない場合も多いため、結果として保険料の掛け捨てになってしまう問題が生じることがあります。
 
そこで、「社会保障協定」です。

 

社会保障協定とは?

社会保障協定は、海外に在住する人の社会保険について主に下記の2つの目的を達成するために、日本と相手国との間で締結される協定です。

  1. 二重加入の防止:保険料の二重負担を防止するために、加入するべき制度を2国間で調整する
  2. 年金加入期間の通算*:年金の受給資格の確保を測るために、日本の年金加入期間を協定締結国の年金加入期間としてみなして取扱、相手国の年金を受給できるようにする。

*イギリスや韓国については日本との年金通算協定がないため、二重加入防止のみの対応になり、年金加入期間の通算はできません。

社会保障協定の対象となる具体的な制度は?

二国間で締結する協定なので、国ごとに締結・発効の時期や内容は異なります。例えば日本とアメリカとの社会保障協定は2005年10月の発効ですが、日本とインドとの社会保障協定は2016年11月に発効となります。
 

また、協定の対象となる社会保障制度は協定相手国により異なります。年金だけが対象の国もあれば、医療保険や労災保険、雇用保険も対象となる国もあります。
 

詳しくは日本年金機構の「協定を結んでいる国との協定発効時期及び対象となる社会保障制度」のサイトを参照してください。
 

社会保障協定が適用される場合であっても、社会保障協定の対象とならない制度については、日本と現地でのそれぞれの法令に従い、必要に応じて加入手続きが必要となります。

社会保障協定の対象となる赴任は?

海外赴任などで社会保障協定の対象となるのは、赴任予定期間が5年以内である場合です。ただし、ドイツ、オーストラリアの社会保障協定は、当初の赴任予定期間が5年を超える場合でも、赴任開始から5年までは日本の年金制度のみに加入すればよく、現地での年金加入は免除されるなど、国によって若干取扱いが違うことがあります。
 

社会保障協定が適用される場合は、対象となる制度について日本の社会保障制度のみに加入し、現地での加入は免除になります。
 

当初の赴任期間が5年を超えるなど、社会保障協定の対象とならない場合には、日本の社会保険の資格を喪失し、現地の社会保険制度に加入しなければならないことがあります。この場合、国民年金に任意加入することで、日本で将来受け取る年金の額を増やすことができます。
 

厚生年金保険制度についても、任意加入が可能です。厚生年金保険を任意加入した場合、企業年金にも引き続き加入できます。

社会保障協定の手続きはどうすれば良い?

社会保障協定の手続は、企業の人事労務担当者もしくは社会保険労務士が行います。
 

日本年金機構のWebサイト等から「社会保障協定適用証明書交付申請書」などをダウンロードし、氏名、性別、生年月日、住所、国籍、基礎年金番号、現地の就労先の名称及び住所地、就労の開始予定年月日及び終了予定年月日等を記載のうえ、年金事務所へ提出します。電子申請による届出も可能です。
 

赴任前

  1. 赴任予定期間が5年以内の場合、年金事務所に「社会保障協定適用証明書交付申請書」を提出します。(ドイツ、オーストラリアなど例外もあります)
  2. 申請を元に日本と相手国で審査・協議が行われ、問題がなければ年金事務所から「適用証明書」が交付されます。交付まで2〜3ヶ月かかることもあります。
  3. 赴任先の国で「適用証明書」を提示すると該当する制度について現地での保険料の支払いが免除になります。

 

赴任途中で、社会保障協定が発効された場合

発効日から5年以内に赴任期間が終了する見込みであれば、発効日以降の期間について社会保障協定の適用申請が可能です。上記「赴任前」と同じ手順で、「社会保障協定適用証明書交付申請書」を提出し、適用証明書を取得しましょう。
 

社会保障協定の延長適用

国によって対応が異なりますが、例えばアメリカの場合、当初の期間を含め最長9年、ドイツ、イギリス、韓国、ブラジルなどは8年まで延長が可能です。延長適用が可能な場合は、年金事務所に「社会保障協定適用証明期間継続・延長申請書」を提出し、あらためて適用証明書を取得します。
 

社会保障協定手続きの流れ

社会保障協定のフロー

社会保障協定を締結し発行済みの国々

相手国 年金期間通算 対象となる社会保険制度
日本 相手国
アメリカ 公的年金制度、公的医療保険制度 社会保障制度(公的年金制度)、公的医療保険制度(メディケア)
イギリス、韓国 公的年金制度 公的年金制度
ドイツ、スペイン、アイルランド、ブラジル、インド 公的年金制度 公的年金制度
オランダ、チェコ、スイス、ハンガリー 公的年金制度、公的医療保険制度 公的年金制度、公的医療保険制度、雇用保険制度
ベルギー 公的年金制度、公的医療保険制度 公的年金制度、公的医療保険制度、公的労災保険制度、公的雇用保険制度
フランス 公的年金制度、公的医療保険制度 公的年金制度、公的医療保険制度、公的労災保険制度
カナダ 公的年金制度 公的年金制度(ケベック州年金制度を除く)
オーストラリア 公的年金制度 退職年金補償制度

注意事項

  • ドイツ、オーストラリアとの社会保障協定は、当初の赴任期間が5年を超える予定の場合でも、赴任開始から5年までは日本の年金制度のみに加入すればよく、現地での年金加入は免除されます。
  • イギリスや韓国の場合、二重加入防止のみの対応で、年金加入期間の通算ができません。

まとめ

現在、政府間で協議中の国もあり、社会保障協定の締結国はこれからも増える見込みです。毎年新しく社会保障協定が締結・発行されているため、従業員を海外赴任させる際は、赴任先の社会保障協定の制度について、日本年金機構のWebサイト等で最新情報を確認するようにしましょう。
 

なお、2017年8月より、年金加入期間が10年あれば 日本の年金(老齢年金)を受給できるようになりました。外国人従業員が帰国する際、これまで脱退一時金を受給するケースも多かったですが、脱退一時金を受け取るよりも、将来、日本の年金を受給する方が有利な場合も生じます。いったん脱退一時金を受給してしまうと、それまでの年金記録もなくなってしまうため、将来的に日本に戻ってくる予定があるなら、脱退一時金を受給しない選択肢があることを外国人従業員に説明しておく必要があります。
 

詳しくは、日本年金機構や、社会保障協定に詳しい社会保険労務士に相談することをおすすめします。
 

出典

 

永井さんが代表を務める「コスモポリタン インターナショナル HRソリューションズ」の問合せ先

事務所名:コスモポリタン インターナショナル HRソリューションズ

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